カテゴリ:時事ネタ の記事一覧


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2015-10-27(Tue)

再審開始。フツ~に報道出来ないのか?????

【東住吉女児焼死再審】検察、特別抗告断念へ 再審公判で無罪の公算(1/2ページ) - 産経WEST

先週末、そして昨日から今日に掛けて、テレビ各局ともニュースのトップはこれ。かなりの時間を割いて、である。そして、それぞれの番組を見ながら思った。“これ、しっかり意識して聞いてないと、無罪判決確定!の特集みたいだな”と。発信する側も、ニュース番組を構成するのにドラマチックな要素を求めるのはワカル。がしかし、である。見ながら感じたのは、違和感と言うよりも、ワイドショーの先走ったあの感じ、前のめりしたあの感じ。ニュース番組にそれを感じた次第。失笑スレスレ。ある番組では「失われた20年は・・」、またある番組では「捜査手法の見直しが・・」「何故このような冤罪がまたも・・」ってなコメントが踊る。

いやいやいやいや・・・・・・今それ言う?????

今回のニュースの主旨はあくまでも、“20年前の事件で無期懲役刑が確定していた被告に対して、裁判のやり直しが決まりました”ということのハズである。検察批判、警察批判、被告への同情、関係者の思い等々は、無罪が確定してからの話じゃないのか?検察も有力な証拠を出せないハズなので、今回の再審で無罪が確定する可能性が高いとのことである。何故にマスコミはそれまで待てないのか?とフツ~~~~~に思うのである。

ニュースを見ながら聞きながら思うトコロはいろいろあるものの、マスコミの浮かれようにはヘドが出る。それにしても祭り好きなんだな、連中は・・・。ニュースの名の下で踊りまくってるわ。手のひら返しの振り付けが大得意そうだ(笑)。

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2015-06-14(Sun)

北海道の死亡事故が全く教訓にならない情けない福岡。

振り落とそうと蛇行運転の疑い 複数の場所で血痕が大きく蛇行 北海道の家族4人死亡事故 - 産経ニュース
北海道4人死亡事故、長男ひき逃げ容疑で26歳男逮捕 「人ひいた認識ない」と否認 - 産経ニュース
長男引きずった男「飲酒運転ばれるのが怖くて」 : 社会 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)
乗用運転の男逮捕 砂川4人死亡 危険運転致死傷の疑い 「信号青だった」と否認 | どうしんウェブ/電子版(社会)
赤信号だった…RV同乗者「自分なら止まった」 : 社会 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

これほど腹立たしさしか感じないニュースも珍しい・・・いや、そうでもないか。胸糞悪くなるニュースが多いのは確かだ。ただ、この“交通事故”ではなく“殺人事件”ほど、報じられる度に腹が立つニュースは最近なかった。飲酒運転の結果事故を起こし、人を殺しておきながら、“人は轢いてない”“信号は青だった”と保身に走る加害者ども。まぁ、保身と言えども想像通りの彼らの幼稚さアホさに、ニュースを見ているほとんどの人間は呆れ笑っているだろう。遅かれ早かれ事故なり事件を起こしそうなのは容易に想像出来る。ただ、今回の事件に関して許されるべきではないのは、この実行犯とも言える二人だけではない。信号無視をして被害者の軽自動車に突っ込んだ車には同乗者が二人。ひき逃げして蛇行運転を繰り返した後続の車には同乗者が一人。問われる罪の差こそあれど、当然ながら彼らも歴とした加害者である。同乗者の中には、この期に及んで“自分なら止まった”とかヌかしているのがいるそうだが・・・・まぁ、その程度の・・・連中である。やっぱり類は友を呼ぶと言うか、集まるもんなんだな~(笑)。

で、罪を問われるべきなのは、そんなクソな同乗者だけではない。直前に酒を提供していた店側もである。あるニュース番組のインタビューでは、加害者の連中に酒を提供していたのを店員が半ば公然と認めていたような気もしたが、いずれ明らかになるだろう。初めての客でもないだろうし、“まさか酒を飲んで車を運転するとは思ってもみませんでした”ってな言い分が通るハズもない。いや、ここでもまた“類は友を呼ぶ”・・・のだろうか。いずれにせよ、もし、飲酒運転を黙認していたのなら、加害者であることには違いは無い。関わり方が間接的かどうかなど関係ないのである。

連日この悲痛なニュースは報じられている。どうしようもないクズどもの犯罪に怒りを覚えると同時に、飲酒運転がもたらす悲劇ということについても改めて考えさせられるニュースである・・・・・ハズなのだが、それでも飲酒運転による事故は起きている。

“朝まで飲んで運転”大学生逮捕 RKB News       【archive.is】
【福岡】基準値およそ5倍 飲酒運転で男逮捕 KBCニュース   【archive.is】
福岡・佐賀で飲酒運転 4人を逮捕 RKB News       【archive.is】
【福岡】信号無視をして逃走事故と飲酒運転の疑いも KBCニュース     【archive.is】

相変わらずの福岡である。ほぼ毎日、まるでレギュラーコーナーのように飲酒運転による事故が報じられている。これまで何度もブログには書き留めてはきたものの、やっぱりどうしようもないんだな・・・と思わざるを得ない。ここまでくると特に怒りも覚えない。いや、正直言って腹は立つが、こういうアホというか病人が存在する以上、こればかりは防ぎようのないことだな、と半分あきらめモード。

何度も書いてきたことだが、度々行われニュースでも取り上げられる、“飲酒運転撲滅キャンペーン”なるイベントの効果については、ワタシはかなり懐疑的である。イベントの主旨を否定をしているのではない。被害者遺族らの思いは、それはそれで尊重すべきだし、イベントのカタチがどうであれ、一人でも飲酒運転を思い留まる切っ掛けになるのであれば、目的は達成したことになる。またその可能性を信じること自体は間違いでも的外れでも何でも無い。

がしかし・・・・である。そもそも、酒を飲んで平然とハンドルを握るようなアホが、飲酒運転撲滅キャンペーンなり、そういった啓蒙活動に興味を示すだろうか。居酒屋に自ら運転して車で乗り付け、ベロベロに酔っ払ってまた運転して帰るようなドアホの心に、“飲酒運転撲滅~!”なんて叫びが響くだろうか。事故を起こした後、酒を抜くことに関してはシラフの時以上に真剣になるアホに響くだろうか。ケータイで友人に大量の水を用意させ、ガブ飲みして血中アルコール濃度を下げようとした福岡市職員のようなクズに響くだろうか。“大切な人はもういません”といった感傷的なCMのメッセージが、ああいったアルコールで病んだ脳の持ち主の心に響き届くだろうか。

じゃぁ何が出来るのか。

まずは厳罰化。当然である。飲酒運転で検挙された人間は、どういう事情があるにせよ、二度とハンドルを握ることが出来ないようにすること。人を傷付けた場合は、傷害や殺人事件と同様に扱われること。もちろん死刑も含む。まずはこの当たり前のことから始めるべきである。危険運転致死傷罪になるかならないか、ってなことで時間が掛かること自体がナンセンスだ。そもそも、(これは極論だが・・・(いや極論でもないかw)・・・)、人を殺す手段として考えた場合、包丁よりも車のほうが罪が軽くなるという現実がある。要するに殺意の有無というのが車体で覆われてしまうような印象。うまく表現出来ないな(笑)。全く面識のない赤の他人に殺意を抱く理由もないので、車による人身事故というのは、それはあくまでも“事故”であり、あとはその状況認識がどこまで出来ていたのか、というのが争点になるため、どうしても罪の捉え方がいわゆる殺人事件とは異なってくる。しかし、酒を飲んだ時点でドライバーとしての資格は失われているハズで、それを無視した挙げ句起こしてしまった人身事故は、傷害事件、殺人事件と何ら変わらないと思うのだが・・・。そういう人間は社会には復帰して欲しくないし、社会には全く不必要である。排除の論理では何の解決にもならないといった声も聞くが、犯した行為、特に命を奪った犯罪に対しては、それ相応の償いがあって当たり前であり、安易に“反省”や“更生”なんてコトバではぐらかすべきではない。無責任にも程がある。

あとはもっと実効性のある飲酒運転撲滅活動をすべきだということ。遺族の悲しみを軸にしているようなキャンペーンなど、飲酒運転を悪いと思ってない人間にはまるで効果が無いだろうということ。ほのぼのとしたイベントのニュースを見る度に、根本的なところでズレたまま、延々と活動が続けられているような気がして情けなくなるのである。福岡市として県としてそれなりに予算も人も掛けているハズで、ならばもっと効果的な策を考えるべきではないのか。単なるお祭りイベントにしてニュースに取り上げられて終わり。そんなことで飲酒運転を減らせると本気で思っているのだろうか。

北海道の死亡事故の後にも、いつもと変わらず飲酒運転事故が起きているという情けない現実を直視して欲しい。“類は友を呼ぶ”、その結果、ドアホな飲酒運転ドライバーが福岡に集結したと言われないようにして欲しい。まず、アホの根絶は無理という認識を持つところから始めるべきだ。ゼロにしたいという気持ちはわかるが、その非現時的なフワ~っとしたスローガンを掲げた時点でほぼ失敗している。そんなのは小学生の標語コンクールにでも任せればいい話である。本来はもっとリアルでエグいインパクトのある中身で訴えるべきであり、メッセージを聞かせたい届けたい対象としているのはどういった連中なのかということから考え直さないとダメなハズである。相手はハンドルを握る実行犯だけではない。

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tag : 飲酒運転

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2015-06-11(Thu)

加害者ビジネスの胸糞悪さ。

元「少年A」が「神戸連続殺傷事件」手記を出版 「印税は被害者側に支払うのか」と論議に : J-CASTニュース
神戸連続児童殺傷事件・加害男性が手記を出版 性的な衝動を告白、仮退院後は日雇いアルバイトと記述 - 産経WEST

このところろくなニュースがない・・・胸糞悪くなるニュースばかりだな・・・・と思っていた矢先に、出て来たのがこれ。輪を掛けて胸糞悪くなるネタ。キチガイが少年法の下で散々保護された結果がこのザマである。手記を出した理由・・・“死にたかった思いが一転し、初めて「人間」として生きることのありがたさに気づいた・・・この自分の思いを形にしなければ生きていることに意味が見い出せない”、とのことである。人を殺し傷付けた男が、この期に及んでこういうことをヌかしている。ある意味、生きることに貪欲になっているような印象さえ受ける。腹立たしいし不愉快だし、やはり胸糞悪い。が、同時にゾッとするのも確かである。彼は今、事件当時とは名前も、恐らく容姿も変わり、全く別の人生を歩んでいる。映画やドラマのネタとしてはベタだが、これは現実の話である。猟奇殺人にとりつかれた18年前のガキが、今は何食わぬ顔で社会に溶け込んでいる。手記を書き、出版社に持ち込み、打ち合わせをし・・・・、かつての異常さなどまるで皆無である。

今回の件で、非常に不愉快に感じるのは、出版社に対して、でもある。そもそも、“元少年A”なる加害男性が言うように、自分の今の思いを形にしたいのならば、自分のノートなりブログに書き留めればいいだけの話だろ、と思うのである。どうしても本という形を取りたければ、100%の自費出版で出せばいいだろ、と。しかし彼は出版社に持ち込んだ。マーケットが見えたのだろう。自意識過剰とか自己顕示欲とか、そういうのとはまた違う病的な気味悪さを感じる。そしてその彼の話をビジネスチャンスとしてカネ勘定を始めたのが太田出版である。これもまた気味が悪い。漫画家志望の青年が長年温めていた原稿を持ち込んでチャンスをゲットする話ではない。殺人鬼の回想録を巡って利害が一致しただけのえげつない話である。

今回の件とは関係ないが、光市の母子殺害事件の加害者を巡っても、同じように胸糞悪くなるネタがあった。6年前に覚え書きしていた。

一体・・・何だろう。被害者よりも加害者のほうがカネになる、といった風潮なり教えが出版社にあるのだろうか。事件が起きれば瞬間的に根掘り葉掘り徹底的に被害者情報を食い尽くすくせに、加害者については及び腰で警察発表のみ。しかしこうして加害者の手記やルポといった形になると俄然活発になってくる。即死刑が執行されるわけでもなく、ズルズルと生きながらえている加害者に対しては、じっくりネタを温めることが出来るってなところなのか。

出版社の社長曰く、“事件前後の彼の心境について、社会がもっと知るべきだと思った

はぁ~~???? それ、オマエの仕事か?・・・と言うかホンネは

“事件前後の彼の心境について、これはカネになると思った”、だろ?(笑)

ビジネスである。そういったカネ勘定を否定する気など全くない。ただ、今回のは違うだろ・・と。出版ビジネス云々よりも、人として・・・の話だろ、と。

光市のルポの件もそうだが、著者や出版社は皆同じように出版することの意義をクチにする。しかしそこには被害者の存在、遺族の存在は大きく欠落し、加害者をいかに社会に理解させるか、受け入れさせるか、それだけである。そしていかに出版物としての成功を収めるか。その為にセンセーショナルな戦術をとる。このえげつなさ。無責任さ。殺人犯と何ら変わらない罪深さだと思う。




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tag : 死刑制度 光市母子殺害事件

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2015-04-12(Sun)

高校生の集団窃盗 in 韓国。雑感。

韓国・集団万引き:関与の22人を当面の間、自宅謹慎処分 - 毎日新聞
【ソウル集団万引】副校長が謝罪「韓国の方に嫌な思いさせ大変申し訳ない」 部活動は継続の意向(1/2ページ) - 産経ニュース
【ソウル集団万引】副校長会見詳報(上)「現地添乗員からの電話で事件が発覚した…」「万引きした生徒は自宅謹慎中」(1/3ページ) - 産経ニュース

呆れるし情けないし、それ以上に同じ日本人として恥ずかしく、腹立たしいニュース。埼玉県の本庄第一高校3年生22人による集団万引き。それもよりによって韓国で、とか。これほど大勢で、それも海外で、高校生が・・・なんて過去にあっただろうか。海外旅行気分のハイテンションでついついなのか?それとも面白半分だったのか?“みんなでやれば怖くない”的なノリだったのか?

“万引き”と聞くと“出来心”とか“魔が差して”と言う言葉がセットになって出て来る。年齢が低くなれば“若気の至り”ってなことを言い出す人もいるだろう。“万引き”というその響きには罪の重さがどうやらリンクしていないと感じることが多い。がしかしである。万引きはれっきとした犯罪である。窃盗。家に忍び込んでごっそり盗むか、店頭でこっそりカバンに入れるか、その環境の違いだけである。やってることは全く同じ。泥棒は泥棒。これはもう幼児レベルに聞かすような話。加えて、盗んだ物が何だったかなど関係ないのである。どうもこのあたりで感覚がおかしくなる連中が出て来る。高価な物を盗んだら重罪で、安価な物であれば今回だけは大目に見てあげるってなアホな論理。そもそも何に対しての責任が問われているのか、という恐ろしく単純なことを理解出来てないのかも知れないが、他人の物を盗むという行為のどこに許される余地があるというのか。22人での集団窃盗事件である。どういった感覚でやったのかはわからないが、そういった行為が大勢で何の躊躇もなくいきなり出来るものだろうか。国内での余罪も問われて当然だろう。芋づる式に発覚する可能性すらある。

自宅謹慎ということにしている。これからがある若者たちですので、謹慎は処分ということではなく指導の一環として、自分を見つめ直すという意味で、反省文や課題を・・・”という副校長の会見の言葉に対しても呆れてしまう。その言葉の裏にあるのは、“人殺しをしたわけでも暴力事件を起こしたわけでもないし、よく言って聞かせるから今回だけは大目に見てあげて・・・”ってなところだろう。

海外での集団窃盗事件。1ヶ月の謹慎と反省文。果たしてこれが妥当な処分と言えるのだろうか。盗んだ品物は返品し謝罪も済ませ示談が成立してるから終わりなのか。法的にどうのこうの専門的なことはわからない。ましてやこれは韓国での事件である。韓国の司法がどう判断するか、そこについては私達は何とも言えない。重要なのは、万引き行為を行った生徒らは、犯した行為の重大さをどこまで認識しているだろうか、ということなのである。と同時に、学校としての見識も問われている。が、一連の報道を見る限り、“たかが万引き”という感覚が見え隠れしているような気がしてならないのである。“若者の将来”とか“過ちは誰にでもある”ってな聞き心地のいい響きがニュアンスとして根底にあるのではないだろうか。しかし、そのことで犯した罪が軽くなるワケでもないし、また軽くすべきものでもない。

また今回の事件で妙なのは・・・と言うか、まぁこれは毎度のことだとは思うが、マスコミ報道の差が相変わらずアホっぽいということ。ワタシの知りうる限り“本庄第一高”と高校名を出してるのは毎日新聞だけ。他は“埼玉県の私立高校”という感じ。少年法に気を遣ってのコトなのか?関係ない生徒への影響を考慮してのことなのか?マスコミなりの最大限の配慮、優しさなのか?アホらし(笑)。高校生と言えども、集団でそれだけ重大なことをやらかしているという認識がマスコミにすらないのだろうか。フワ~っとソフトランディングさせるのがマスコミとしての仕事なのか。

どこの誰にどのような気遣いをしているのかいないのか、一面トップで説明してほしいものだ。気味が悪い。 
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tag : 本庄第一高校 万引き 窃盗 韓国

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2015-03-24(Tue)

人を殺しても数年の不定期刑。このバカバカしさ。

三重の中3女子死亡、少年に不定期刑…津地裁 : 社会 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)
中3女子死亡:少年に懲役5年以上9年以下の判決…津地裁 - 毎日新聞
ラーメン店で暴行直後に注文の男に懲役7年「軽くする事情は見あたらない」 : 社会 : スポーツ報知

今に始まった話でもないが、相変わらず殺人に対する量刑の軽さが目立つな~・・・と。こと“少年犯罪”なんて位置付けの事件になると“初回限定見逃しスペシャル”みたいなノリ。

三重の事件。15歳の女子を乱暴し殺した後に6000円を盗んだ事件。加害者の男は強制わいせつ致死と窃盗の罪に問われ、出た判決は5~9年の不定期刑。5年?? 2020年の東京オリンピックを普通に自宅で見てる可能性すらある。意味ワカランな~・・・。人の命を奪っても数年で世の中に出て来て普通に社会生活を送れることを法的に認めるということの意味がワカラン。被害者は死に損殺され損というわけか。

ラーメン店の暴行死事件。“・・・今西被告が暴行後に救命措置などをとらず、みそラーメンと半チャーハンを注文して飲食を続け「刑務所に行くので最後の晩さんだ・・・このまま警察に捕まると、多分、ちゃんとしたものが食べられないので、ラーメンセットを頼んだ」”。そんな加害者に、わずか懲役7年の判決。恐らく小学校に入学した子が卒業する前には刑務所から出て来て何食わぬ顔で生活しているだろう。殺人に対してそのくらいの短期間の量刑である。加害者の言った“最後の晩餐”いついて裁判長曰く、“眉をひそめるべきことではあるが、刑罰の目的に(考慮することが)有意なものとは言えない”とのことだ。これも全く意味ワカラン。逮捕される前にはちゃんと腹ごしらえしとけってことか。

個人的には、故意の殺人に関しては年齢を問わず死刑が相当だと思っている。被害者の人数や年齢など全く関係ない。犯した罪をどう償うべきか。論ずるまでもないことだと思っている。殺害に至った事情を考慮することは否定しない。例えば正当防衛や、介護に疲れ果てた末にとか、そういった特殊な事情をしっかりと判断するのが裁判の場であるべきだ。

人の命の重さを説く重要さってなことをよく聞く。“国が法的に人の命を奪うのか!”ってな主張は、恐らく死刑反対派の人々にとっての数少ない大きな柱でもあると思うのだが、被害者の命を故意に奪った加害者の行為、その罪の償い方、そして被害者の人権についてはすっ飛ばして、或いは曖昧なまま物事を語るというのは、あまりにも虫が良すぎる・・・と言うか、罪深いまでに無責任だろ、と思うのだ。

人を殺しても数年で社会生活を営めるという現実を前に、命の尊さを説くというのは何ともチグハグというかアンバランスではないだろうか。ましてや犯行時の年齢が量刑に反映されるなどナンセンスそのものだ。全くの愚法である少年法など、事実上“人を殺すならまず自分の年齢と誕生日を確認しろ!”という犯罪マニュアルと化している。命の尊さが全く通じてないから簡単に人を殺すアホが出て来る。そして殺しても数年間反省(したふりさえ)すれば、元の生活に戻れることが法的に保証されている。“死刑ハンタ~イ!”とアホ面ひっさげて声高に叫ぶ連中がそれを支える。

“更生”とは便利な言葉だ。ヘドが出る。
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2015-03-22(Sun)

あれから20年。松本死刑囚の娘2人の唐突な登場。

オウム真理教教祖の麻原彰晃の三女が手記出版で心境を告白 - ライブドアニュース
「父をいまでも愛している」オウム麻原死刑囚の「三女」が語った複雑な思い|弁護士ドットコムニュース
三女アーチャリーが初出版 麻原ファミリーの秘密 〈週刊朝日〉|dot.ドット 朝日新聞出版
地下鉄サリン事件20年 松本死刑囚の四女に話を聞きました。(www.fnn-news.com)


日付が二度変わってしまったが、一昨日3月20日はあの地下鉄サリン事件から20年目の日だった。事件当日の朝、職場で、“日比谷線で事故があったみたい・・”という話がどこからともなく流れてきた。それも結構大きな事故らしいという、まだその程度の情報だった。その後、出張先で、コトの重大さを知った。会社内や知り合いに被害者がいたわけでもなかったが、ワタシを含め、当時都内に通勤していた人々にとっては、誰もが被害者になり得たという未曾有の事件に恐怖を感じた。今でもよく覚えている。

災害、事件、事故・・・いずれの場合でも、被害者、遺族にとっては20年目などという時の節目など関係ないハズである。今現在も当時となんら変わらず、むしろ心身共に悪化している被害者もいるのが現実である。事件から十数年経ってから初めて自分が被害者だと気付かされる人さえいる。20年という月日が経過しながら、未だになんら総括されていない事件が他にあるだろうか。何とも知れない気味悪さというか、フィクションが追いつけない現実の闇というか病みというか、誰しもが感じるところではないだろうか。特集番組を見ていると、まるでついこの間、数日前、数週間前に起きた事件かのような印象さえ受ける。

前置きが長くなったが、タイトルの話。事件から20年目というタイミングで松本死刑囚の三女と四女が唐突にメディアに出て来ている。取材する側とされる側の利害が一致する絶妙なタイミングでもある。事件当時11歳だった三女と5歳だった四女。この年齢差はあまり注目されていないようだが、完全に対立している両者の話を聞く上で、結構重要な部分でもある。

三女には当時の記憶が残されている。それも肥大化した愛しい父親像のままである。インタビューを読む限り、事件にまるで向き合ってない、そんな印象を受ける。“父がすべての主犯であり、すべての指示をしていたとはどうしても思えないのです・・・・村井さんや井上さんたちが、父に真実を報告し、また父の指示をそのまま伝えていたとは信じられないところがあるからです・・・わたしは、父が事件に関与したのかについて、今でも自分の中で保留し続けています・・・・父が弟子たちと主張が食い違ったまま病気になり、何も語ることはできなくなりました・・・わたしは今後も判断を保留し続けるでしょう”といった主張は、あまりにも無責任であり、今もなお苦しみ続けている被害者の心情を思えば到底許されるものではない。これを“犯罪に加担していたワケでもない娘には何の罪もないし、ある意味では被害者でもあり、娘として極当たり前の正直な気持ちを吐露したに過ぎない”という向きもあるだろう。恐らく出版社のスタンスはそんなところに違いない。

ちょっと待てよ、と。

確かに娘は犯罪者でもないし、死刑囚になったとは言え、松本という男は血の繋がった父親であることには間違いはない。子供の頃の良き父親の記憶を紐解くのも勝手にすればいい。がしかしである。麻原 彰晃こと松本 智津夫という男は、数千人の被害者を出した地下鉄サリン事件における確定死刑囚なのである。信じられない、信じたくないと思うのは勝手だが、身内の一人として、責任の重さを感じ、それを当たり前に謝罪という姿勢で示せないものか・・・と思うのである。この期に及んで、当時の部下たちへの不信感を語り、父親への哀れみを求めるのは、果たしてマトモな行為と言えるだろか。いや、マトモじゃないからこのタイミングで手記なんて出してるんだとは思うが。あと、出版する側の感覚もどうかしてるな~、と。

被害者感情を考慮すれば出版に議論があるかもしれません。ですが松本氏の貴重な証言や本音が吐露されているのは間違いない

ハァ~~??娘が語る美化された父親像を、今、世に知らしめる意味、意義って何なんだ??

まぁ、ビジネスである。彼らはこうして娘や本が話題にさえなればいいだけの話だ。賛否両論、炎上、大歓迎といったところだろう。全てが売り上げに直結する。しかし、それ、あまりにもえげつなくないか?出版界ってそんなもんなのか?

一方四女は、父親に対しては辛辣だ。“・・・父の声で、ちゃんと謝罪をしてほしい・・・自分がやったことから目をそらして、情けない父親・・・”と言い、また自分が“人殺し、テロリストの娘という立場”にあることを認めている。姉である三女に対しても、“彼女は被害者に謝罪をしていない”、そして本の内容についても“よくここまで、うそがつけるなっていうぐらい、でたらめ”とまで言っている。どちらが正しくてどちらが間違っているというのをワタシたちが結論づける話ではない。前述した通り、まず、ふたりの年齢差を踏まえておく必要はある。11歳の記憶と5歳の記憶。事件、そしてその後の強制捜査等々リアルタイムな記憶として残っている三女と違い、当時5歳だった四女にとっては、三女が激動の体験をした11歳までにはまだ6年がある。事件から6年経過した頃というのは、オウムという集団の真相も含め、事件の全貌が明らかになりつつあった頃でもある。加害者の身内であるという立場にありながらも、あらゆる情報に客観性を持って接することが出来ていたハズだ。客観性を持ち得たかどうか。残念ながら三女にはそれが欠けていた。今もなお欠けたままである。両者の大きな違いがそこにある。

もちろん、四女の発言というのも、生きて行く上での術という側面もあるハズだ。犯罪者の娘というレッテルにいい加減疲れたというのもあるだろう。ただ、本心はともかく、例えそれがポーズであるとしても、事件に向き合う真摯な姿勢を示すことにデメリットはない。常識的であり、人として極当たり前なことでもある。加害者がよく使う裁判対策としての“反省の弁”とは立場も意味合いも違う。むしろ彼女にとっては、三女との明確な対立軸を打ち出すことのほうに意味があるのだろう。まぁそうなってくると、もうどこかの家具屋のようなお家騒動的な話になってくるので、芸能ネタと横並びでいいレベルの話(笑)。ただ、今もなお息づく後継団体の行方に、どのような影響を及ぼすのか、それは注視していく必要はある。

それにしても、三女のインタビュー、そしてそれで稼ぐ出版社。不愉快さを通り越して怒りすら覚える。


余談だが、確定死刑囚の人数が2月の時点で130名とのことである。約90名が再審請求中らしいが、にしても多過ぎるだろ、と。行列の出来るナントカじゃないんだから・・・法務大臣は粛々と職責を果たせよ、とは思う。忙しいのやら暇なのやら・・・。
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tag : オウム 地下鉄サリン事件

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2015-03-21(Sat)

圧力容器内はカラでした。ヘェ~・・・そうなんですか。(棒)

1号機「炉心に燃料なし」=宇宙線で推定、福島第1-東電 (時事ドットコム)
福島原発:「ミュー粒子」利用 2号機も炉心溶融を確認 (毎日新聞)

今明らかになる衝撃の事実・・・というわけでもなく、東電が分析・公表していたことが、宇宙線のなんとかかんとか・・・(笑)で調べた結果裏付けられたかもよ・・・という話。東電にしてみれば“私達の推定通りでした。事態は良くもなければ悪くもありません。いや、悪いのは悪いけどね。ひょっとしたらもっと悪いかも・・・だけど、いやそれはわかりません。わかってもそう簡単には言えません。言えるわけね~だろ!言ってたまるか!”、ってなところか(笑)。まぁこうしてそれまで推定だったものが、様々な手段で立証されていくことは、大きな一歩には違いない。同じ手探りするなら少しでも安全なほうがいい。・・・で、ワタシのような素人が一番気になるのは、“燃料が融解して下方へ移動した”というその事実が、今とこの先に、どのようなリスクを持ち、周りにどのような影響を及ぼすのかということ。そして何よりもまず、圧力容器の下に移動している燃料とやらを、どうやって取り除きどう処理するのか、ということ。それが
世界の知恵を結集!福島第一原発の溶けた燃料の回収案を検討中 (日経BP社 ケンプラッツ)
ということなんだとは思うが、まぁ~・・大変そうですね~としか言えない。素人に言えるのは残念ながらその程度でございます。申し訳ありません(笑)。

もうこうなってくると“オールジャパン”なんてものではなくて“オールワールド”的な知恵の結集でどうにか対処してもらわねば、といったところだとは思うが、恐らくみんな初めてのチャレンジです!ってのもスゴいな~と。同じチャレンジでも惑星探査には夢があるけど、核燃料回収にはその先に待つ悪夢のイメージのほうがどうも先走ってね~・・・とか何とかヒトリゴト。日本の技術力の高さを証明するいいチャンスでもあり、或いは日本人の発想を超えた世界の知恵に敬意を払うのか、まぁ、いずれにせよ、宇宙開発並みの知恵とエネルギーを要することだろう。時間は掛かっても結果的にこの事故処理が問題なくうまくいった時、我々はまたひとつ困難な課題を克服したぞ!バンザ~イ!ってな感じで、原発はより安全なモノとして根付いていくのだろうか。“安全神話、ふたたび”。長い歴史の中では進化に犠牲は付き物という、やはり宇宙開発の歴史と同様に言われるのだろうか。と言うか、あの膨大な数の汚染水貯蔵タンクや廃棄物、汚染土が消えてなくなるまでは“うまくいった”なんて言えないとは思うが・・・。

記事によると、“燃料デブリを取り出す工事は、早ければ1号機と2号機は2020年度上半期、3号機は2021年度上半期から始まる見込み”とのことだ。まぁ、この手の納期は遅れることはあっても早まることはまずないと思うが、そう言えばオリンピック開催は・・・なるほどなるほど。首相が言っていた“アンダーコントロール”ってひょっとしてこの納期のことだったりして(笑)。
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2015-03-18(Wed)

ツイート批判のアホらしさ。記事のアホらしさ。

大塚愛が原発放射能めぐりトンデモツイート 「未だに食品には不安が多く・・・」に批判集中 : J-CASTニュース

たまたま目にしたのでちょろっと覚え書き・・・。ちなみに大塚愛のファンでも何でない。一応前書きしとかないと(笑)。

まぁ、ニュースでも何でも無いし、記事のレベルも病院の待合室で暇つぶしに斜め読みしていいような程度の低いモノ(笑)。大塚愛が、震災後4年経った今でもなお感じる、放射能の子供への影響に対する自身の不安をツイートしたら結構批判されたのでした。チャンチャン。、というだけの話。過剰反応した批判のほうがバカバカしく見えるね。アハハ・・。

以上。


賛否両論あって当たり前だし、芸能人のツイート自体、ワタシのようなのがブログに好き勝手に書き連ねるのとは全く違う位置付けにあることもわかる。だからこそこうしてネタになっている。正直しょ~もない・・・とは思うが(笑)。

そもそも、個人が感じる不安に対して批判するということ自体がなんだかなぁ~~・・・と呆れるのである。記事中で紹介されているのは極端なものだろうけれど、“デマ拡散”だとか“人間性”だとか、もうその過剰反応ぶりには笑ってしまったくらいだ。まぁ、ツイートの内容が過剰な不安だと感じた上での過剰返しなのかも知れないが・・・(笑)。で、これは炎上ネタとして面白おかしく記事としてまとめないと~、ってな具合に筆者は思ったんだろうな。問題とされている大塚愛のツイートの内容自体は、断定でもなければいわゆるトンデモツイートなんてものでもない。記事が上滑りの空回り状態(笑)。まぁそのあたりで記事レベルの程度が知れるわけだが(笑)。

汚染水がダダ漏れ状態にあることや、またそれを公表しない東京電力の姿勢といったニュースを、それこそ震災から4年経った今もなお聞かされるという情けない現状がある。それでもまだ不安要素ゼロと言えるのだろうか。首相曰く、“アンダーコントロール”らしいが・・・(笑)。食品に対して安全性が証明されているいないの話ではない。“ホントに大丈夫なの?”という漠然とした不安を持っても無理はないし、当たり前というだけの話なのである。ましてや彼女はヒステリックに反原発を叫んで叫んでいるワケでもない。であるにも関わらず、“けしからん!”と怒りの批判をぶつけるのはいささか筋違いではないだろうか。その矛先は本来東京電力に向けるべきものではないのだろうか。う~~~ん、批判に知恵を感じないな(笑)。

もちろん芸能人のツイートが多少なりとも影響力を持ち、本人の意図に反してひとり歩きを始めることがあるのもわかる。たった数十文字だからこそ、そのひと言ひと言には本人が考えている以上の責任が伴うこともまた事実だ。批判を受けて慌てて削除というもの珍しくはない。がしかし・・・である。彼女のツイート。何度読み返しても、何故に批判されるのかさっぱりわからない。“福島県産の物は危険だから食べないで下さい!”ってなことを書いているなら批判されても当たり前だとは思うが、子供を持つ母親としての当たり前の心情が批判されるというのはよくわからない。もし風評被害という意味での心配が批判に繋がっているのだとしたら、それはあまりにも読み違えすぎている。彼女が言っているのは“食品の危険性”ではく、あくまでも“食品への不安”である。これは“数値で安全性が証明されているから大丈夫なのに~!”といった批判が当たる類いのものとは違うのである。“震災から4年経っても食への不安はなかなか払拭出来るものではないですね”という主旨の話であり、安全性が証明された個別の食品を前にしてもなお“怖い怖い~!”などと言ってるわけでもない。“不安など思ってもクチにするな、つぶやくな、芸能人だろ!”、と言われそうな気もするが、それはそれでおかしな話ではある。妙な言い方にはなるが、何に対してどのような不安を抱こうが、それは“個人の自由”である。もっと言えば、食の選択も完全に消費者の自由であるということ。

そもそも、不安の感じ方には個人差がある。かなりのそもそも論(笑)。ましてやこれまでほとんどの人々が体験したことがないであろう放射能汚染について、である。“そんな低レベルの放射線なら毎日浴びてるわ。全く問題なし!”という人もいるだろうし、“私達が知らされてないだけで、もう既に関東地方は・・・”ってな感じでかなり針が振り切れてる人もいるだろう。ただ、震災から4年が経ち、その両者の差はぼんやりと縮まってきているのも確かなハズである。“何事も時間が解決してくれるさ”という、時の流れこそ万能薬というアレ(笑)。ただそれは人間の良いところでもあり悪いところでもある。

個人的に思うのは、復興の名の下で福島県産をアピールしまくることのほうに違和感を感じるのである。当事者にとっては深刻な問題だというは百も承知の上で感じるのは、焦りすぎだろ、ということ。“台風被害に遭いましたが何とか頑張りますのでよろしくお願いします”、とはワケが違うのである。それは震災後の4年をどう捉えるかで分かれる所だとは思うが、福島原発事故収束への道のりはまだまだこれからであり、それは誰にも否定出来ない事実としてあるということ。対策ヒトツヒトツが初めてのことづくしの模索中という現状なのである。もちろん廃炉作業と食品に直接の関係はない。ただ、あの原発事故が与えたインパクトは、単に線量計の数値だけにはとどまらないということ。風評被害の心配と、まだ解明されていない未知の問題、そして廃棄物も含めた現実の汚染問題、等々が混同されて語られているのを目にすると、仕方ないことだとは言え、まだまだ時間が必要だなと感じる。農水産業に関わる人々の心配は極当たり前のものではあるが、もっと長いスパンで見る必要があるのではないだろうか。ある出来事に対してその後の流れの中で、“ほとぼりが冷める”という言い方があるが、原発事故には使えないし、使うべきではない言い方である。こういったこと全てが、彼女のツイートの背景にはあるハズだ。


・・・で、改めて素朴な、超素朴な疑問。


あのツイート。ヒステリックに批判されるような内容か?・・・・ん???

叩く意味と効果、あるのか?(笑)

あのレベルのツイートで批判集中とか、むしろそっちのほうがコワイわ(笑)。




余談。この手の話になると、さまざな意見に対していちいち“擁護派”と“批判派”に分けたがるアホが湧いて出て来るが、あれ、何とかならないものか(笑)。いやまぁ・・・分けるのが好きなら勝手のどうぞ、ではあるが、ディベートの練習用にとりあえず振り分けるような単純さがあまりに幼稚でアホっぽいな~と(笑)。
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2015-03-17(Tue)

TVタックルの少年法談義を見てアレコレと・・・雑感。

昨日の『TVタックル』はテーマが少年法についてだったので面白そうだから見ていたのだが・・・何ともユルい中身で・・・・・・まぁ、敢えてここに書くまでもないか(笑)。所詮はお笑い雑談番組なので身のある議論など期待するだけ野暮だとは思うのだが、それでももう少し深夜だからこそのカラーが出てもいいのでは・・・とか見ながら思った次第。まぁ、それを期待するなら同じテレ朝の『朝ナマ』か・・・。ただ、今回も実名を公表した新潮社の見解には大いに共感出来たし、少年法の意義について熱く語る丸山弁護士の“相変わらず”さも確認出来た。彼は昭和のどこかで時間が止まったままなのだろう(笑)。いわゆる少年犯罪の現状に、法律が遅れに遅れて全くついて行けていない、全くそぐわない状況になっているだけの話なのだが、彼のような意見を持つ人々がそういった状況を作り出し支えてしまっているのである。情けない話だ。途中、えなりかずきが“少年法など要らない”と出て来たので、おっ!ようやくマトモな意見が・・・と一瞬期待したものの、やはり一瞬だった。まぁ論客と呼ぶには程遠いのは仕方がないのも当たり前か・・・(笑)。と言うかあの番組、ゲストの人選がいつも変だと思うのは気のせいだろうか・・・(笑)。

先日の『そこまで言って委員会』でも、あるコーナーで少年法の話題が出たのだが、その際未成年者の犯罪について、今はフリーとなった川田アナが“若気の至りということもあるので・・・”ってなことを言ったのにはがっかりだった。カワイくてタイプなのに(笑)。いや、カワイさは関係ないのだが、彼女のあの発言は丸山弁護士と同様に、少年法を維持すべきとする人々の象徴的なコメントではあった。つまり、少年らの更生を信じ、人権を保護し、支えていくことこそが大事であり、その為にも少年法は存在するということ。何だかその主張、耳障りがいい(笑)。だがヘドが出る。

その主張は、万引きや窃盗といった類いの犯罪についてならわかる。“盗んだバイクで~”と歌い出すのもわかる(笑)。まさに“若気の至りで”と後々にネタとして語れる話かも知れない。だが、人を殺したことまでをも“若気の至りで”と言うのはムリがあるだろう。もちろん川田アナは殺人を含めた上でそう発言したのではないとは思うが、どんな凶悪犯罪であっても少年法の下では更正の機会が与えられるべきであり、未成年者の人権はそうして守られるべきという趣旨だったハズである。それこそが問題なワケだが・・・。

・・・で、やはりここでも被害者の人権について言及されることは一切無いのである。加害者は手厚く保護され、ある意味これからしっかり生きて行くことを保証されることになる。名前すら変えて違う人生を歩むことすら可能だ。犯罪を犯す前よりも、遙かに充実した人生を歩み謳歌するチャンスを与えられる。その一方で、亡くなった被害者はあらゆる情報を晒され、遺族は悲しみと怒りを抱えたまま、それが消えることもない。加害者と違い、被害者はリセットが不可能なのである。今のマスコミの事件報道のあり方について、番組内でたけしが少しだけコメントしていたのがまさにその通りだったのだが、加害者と被害者の扱いが本来は逆であるでべきだろ、と。

ネットが人々の手元にまで浸透してきた現状において、速報性が唯一のメリットだったテレビといった既存のメディアは既にその機能を失いつつある。ネットについては情報の正確性が危惧されるとはよく言われるが、それなりに歴史があるメディアでも、今でもお詫びと訂正は日常茶飯事である(笑)。ネットの情報を後追いで報道して、それすら間違っているということさえある。このチグハグな状況。加害者の実名報道にビビるメディアをよそに、ネットでは情報が自由に行き交っている。もちろん良し悪し、ではある。膨大な情報を前に、受け手となるワタシたちはその情報の正確性を確認する術を持っていない。だからこそ、なのである。マスメディアが極当たり前にその役割を果たすべきなのではないか、ということ。被害者の悲劇のドラマを感傷的に延々と報じるのならば、それ以上の時間を加害者に割け、ということ。

テレビなんかを見ていると、一部週刊誌の実名報道を単なるガス抜きのような扱いとして捉えているようにしか思えないのである。“ウチはやらないけど、そういうのは雑誌に任せておけば・・・”ってな具合である。結局、形骸化した少年法の問題ではなく、実名報道の是非に論点がズレるという有り様。もちろん、それぞれのマスメディアが何によって運営出来ているか、その違いが根底にあるのはわかる。カネの話。大人の事情。気を遣う先の違い。まぁ、何でもいいのだが、それにしても・・・という気はする。テレビにジャーナリズムなんてものを期待するつもりはないが、もっとやるべきこと、やれるべきことがあるだろ、と。

選挙権の年齢引き下げの件とリンクして、少年法の問題については今後語られる機会も増えるとは思うが、“人権”というコトバが大好きで脳天気な人々がいる限り、その問題が改善されるのは難しいかも知れない。彼らの無責任さは罪深い。被害者の墓前や遺族の前で一度論じてみたらどうだ?・・・とは思う。




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2015-03-13(Fri)

被災地の心霊ネタに思うこと。

NHKも取り上げた被災地の“心霊体験”はまだ終わっていなかった (週プレNEWS) - Yahoo!ニュース

11日に覚え書きを・・・と思いながら、もう今日は13日。東日本大震災から4年経ち、目に留まった記事でふと思ったコト。

あの震災の心霊ネタと聞いて、不謹慎極まりない話だと感じる人は少なくないかも知れない。被害にあった人々や、大事な人を亡くされた人々にとっては、悲劇の副産物のように怪談話が興味本位に語られることは不愉快そのものだろう。・・・が、思うのである。記事中で紹介されている数エピソードに限った話ではあるが、どれも恨みつらみと言った怨念や復讐のエピソードではない。どれひとつとして人々を震え上がらせ、背筋をゾッとさせるような話はない。そこにあるのは“怨念”ではなく“無念”である。怨念に対する恐怖とは対照的に、無念さに対しては、ワタシたちはその思いを想像することが出来る。同じ体験は出来ないが、悲しみを共有しようという意識が働く。そこがとても重要なことだと思う。

最近は昔に比べ“心霊写真特集”といったオカルト系のコーナーや番組が少なくなってきたようにも感じる。例のオウム事件以降、明らかに減ってきている。何に対しての配慮なのか・・・、まぁそんな薄っぺらでくだらないテレビ局の思考回路はともかく(笑)、子供の頃にドキドキしながらテレビ番組の怪奇特集を見ていた世代にとっては、自分が思う以上に意外と先祖だとか墓参りだとか、あるいは“バチが当たる”(笑)といったことを意識してはいないだろうか。いや、意識することはなくとも、何となくふとアタマを過ぎったり思い出したり・・・のレベルで、とか。

ワタシ自身は完全な無宗教だし信仰心などという高尚なものは持ち合わせていない。未だかつてお化けも見たことがないし、ポルターガイスト現象など映画を見て盛り上がるだけ(笑)。ましてやヘンテコな新興宗教や人知れずあらゆる業種に浸透と言うか侵攻している宗教法人などには、不快さしか感じない。まぁ、自分自身、気味の悪い体験ってのも過去になくはないが、霊感がどうのこうのと言うのは程遠いものだ。だが、怪談話、オバケ話、大好きである。霊の存在もUFOと同じように普通に信じている(笑)。不気味さや不思議さ、怖さ、謎・・等々、興味は尽きない。まぁ、このあたりは単に人それぞれ興味が分かれるだけの話だとは思うが、個人的には意外とこのことが重要なことだと思っている。

くだらないネタか。まぁ、そうかも知れない。“オバケ~!ワァ~キャ~ッ!”で盛り上がるバラエティ番組は、大声出して騒いでナンボ、みたいなものだから仕方ない。あれはあれ。時々見るが嫌いではない(笑)。ワタシが大事なコトだと思うのは、“恐れ”だけでなく“畏れ”のほうの“おそれ”という感覚をほんの少しでも持つと言うこと。持ちすぎてのめり込む人は苦手だが(笑)。まぁそんなことはともかく、要するに、オカルトネタに接する時に当たり前に怖さを感じ、その先に、敬いの念だとかかしこまる気持ちだとか、そういうところまで思いを馳せることが出来ればいいのかな、ということ。まぁ、怪談話を聞く度にいちいち先祖を敬っていては怖くも何ともないし面倒くさいだけなのは確かだが(笑)、何となく薄~~~くでも感じることが出来ればいいのかな、と。要は想像力の問題。

いつの間にか歳を取り、いつの間にか怖いものがなくなっている。そしていつの間にか“恐れ”や“畏れ”という感覚が薄れてきている。ただ、思い出すことは出来る。霊が見える、見えないとか、見た、見てないとか、信じる、信じないとか、そういう話ではない。そういう感覚を例え小さくても持っているかどうか、という話。子供の頃に感じた理解しがたいモノに対する恐れの感覚は、ワタシたちが考えている以上に、無意識のうちに重要な役割を果たしている。

被災地の心霊体験エピソードが例え面白おかしく語られるとしても、そこに何を感じ取るか、ということが大事なのである。いわゆる都市伝説のように、いつの間にか脚色され話が盛られていたとしても、前述したような“恐れ”や“畏れ”を感じさえ出来れば、犠牲者の無念さというのは伝わるハズである。ただ、それが難しくなってきているのも現実かも知れない。話は全く違うが、最近の犯罪に見られるのは、共通して想像力の欠如以外の何ものでもない。

震災から4年。もう4年と感じるか、まだ4年と感じるか、思いは人それぞれである。哀しいかな、人間の記憶は薄れていく。良くも悪くも、時が流れるというのはそういうことだ。ただ、震災で大勢の人々が犠牲になったという事実は薄れることも消えることもない。“心霊体験”といったネタが例え興味本位なものであっても、それは震災の事実を語り継ぐ役割を果たしている。少なくとも何も語られず人知れず風化していくよりも、遙かに有効な手段だ。それは、戦争体験も記憶もないワタシたちが、幾度となく聞いたことのある兵士達の幽霊話と同様のものである。

大人が“おそれる”ことの大事さを思い出し、感じ、残し伝えること。そして子供たちにもその“おそれ”を感じてもらうこと。心霊体験エピソードは、いいネタだと思うし、そうあって欲しい。

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2015-03-11(Wed)

また出て来る精神鑑定の話。そのアホらしさ。

【淡路島5人殺害】親族や近隣の殺害、各地で相次ぐ 責任能力が争点に - 産経WEST

まだこれからの話だとは思うが、今明らかになっている事実だけでもそれが大きな争点になることは容易に想像が付く。この手の話については何度も覚え書きしているので今更繰り返して書くまでもないとは思うものの、どうしても理解に苦しむので改めて覚え書き・・・。

殺人事件が起きると、必ず責任能力の話が出る。犯行時に加害者がどういう精神状態にあったか、物事の判断能力がどうだったか、ということ。行動に自ら責任を負える状態にあったかどうか、ということ。つまりざっくりと言えば、普通に殺意をもって人を殺すのは罪に問われて当たり前だが、犯行時の精神状態が異常、いわゆるキチガイの犯行については、罪に問えない、問うことは出来ない、という話。善悪の判断すら出来ない人間の行為については罪を問えない、と。この点がワタシにはどうしても納得出来ないのである。

今回の淡路島の5人殺害事件など、加害者の男の犯行に至るまでの異常な言動が既に報道されている。近隣の人々にとっては、恐れていたことがとうとう、という感じだろう。メディアによっては具体的な病名まで出始めている。凶行に及んだ犯人は精神的に病んでいた、なんて話は珍しい話でも何でもない。問題なのは、こういった犯罪が起きると、精神鑑定や責任能力という話がすぐに出て来てしまうことだ。ワタシ個人の意見としては、犯した行為そのものについて量刑を判断すべきであり、犯行時にどうのような精神状態にあったかなどということを推測し、それが量刑判断に影響を及ぼすのはナンセンスそのものだと思っている。精神的に全く異常がない人間であれ、病みに病んで異常な精神状態にあった人間であれ、人を殺した、という事実は何ら変わらないのである。その事実に対し、どのように償わせるべきか、量刑をどうすべきか、ということが判断されるべきであり、誰にも知り得ない加害者の犯行時の精神状態を後追いで調べ、挙げ句の果てに推測で結論づけ、無罪へ向けてまっしぐら、なんてことは許すことも出来ないし、マトモなことだとも思えないのである。

今回の事件、加害者は日々パソコンを起動し、ログインし、周囲の人々に対する誹謗中傷をキーボードでテキスト入力し、写真をアップし、その他にもあれやこれやと熱心に発信していたとのことである。殺害に至ったのも、決して衝動的に我を忘れてとかではないだろう。遅かれ早かれターゲットへの凶行へ及んだハズである。意味不明な言動に周囲が困惑していたとは言え、人を殺すことの意味がわからないような状態だったとは到底思えないのである。複数の凶器が見つかったことからしても、明らかに殺意は抱いていたわけで、この期に及んで責任能力の有無などが取り沙汰されるのは全く以て笑いぐさ・・・なのである。

一般的に精神疾患や宗教といった要素が犯罪に絡んでくると、マスコミは一気に腰が退けた状態になる。一気にトーンダウンし、尻つぼみになる。慎重な報道姿勢になると言えば聞こえはいいが、単に、腫れ物には触るまい、となるだけの話。情けない。いわゆる少年犯罪についてもそうだが、まるで抱き合わせ商法のように“人権”というキーワードが付いてきて、気が付けばニュース自体がフェードアウトな状態。次から次へ新たな犯罪が起き、ネタとして押し出されるのは仕方がないが、どうもアンバランスでちぐはぐな感じがしてならない。佐世保で起きた女子高生の首切断の事件など、遠い過去の事件のようになっている。“そう言えばあった、あった・・・”となってしまうのは仕方ないこととは言え、マスコミはニュースをフェードアウトさせることなくしっかり伝え続ける義務があるハズだ。キチガイやガキが犯した事件で見られるのは慎重さではなく、ビビっているだけの情けない姿勢でしかない。川崎や淡路島の件だけでなく、過去の事件についても伝えるべき情報は山とあるハズなのに、何故に中国人の爆買いネタに時間を割き、アップルの新商品のネタに時間を割き、韓国のアホネタに時間を割く必要があるのだろうか。

あ、またお決まりの話脱線コースか・・・(笑)。

いずれにせよ、キチガイであれ何であれ、ガキであれ何であれ、マスコミはありのままに報道しろということ。そして司法の世界も、精神鑑定などヤメて、極当たり前に犯行事実をありのままに裁けということ。責任能力があったかどうかなど、心理学者や精神科医の教材として、死刑執行されるまでにゆっくり研究すればいいだけの話。幸いなことに死刑執行待ちの人間はまだまだ大勢いる。過去の法務大臣の責任能力のほうがむしろ問題だと思うが・・・(笑)。

正当防衛の場合を除き、殺意をもって人を殺したというその時点で、加害者は人権を失い、と同時に責任を負っている、とワタシは思うのである。能力の有無以前の話。

(今まで普通に“ありのまま”とか使えていたのに、あの映画のせいでどうも使いにくくなった(笑)。)




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2015-03-10(Tue)

川崎中1殺害事件。やっぱり出て来る。脱力の雑感。

川崎中1殺害:「えらいことしてしまった」18歳少年 - 毎日新聞

いつもの流れ。逮捕後しばらくすると、“反省の弁”やら“自責の念”がマスコミを通じて必ず出て来る。少年犯罪となるとより丁寧に報道されている気さえしてくる。犯した罪の大きさに気付かされ、悔やみ、そして手を合わせる。人として極当たり前の感覚を取り戻す。それはそれはドラマチックな瞬間かも知れない。ドラマで言えばエンディング8分前くらいの取調室の光景。また、弁護士にとっては、これから先の裁判を見越しての、最初の腕の見せ所かも知れない。“ここ大事なところです。チャンネルはそのまま”的な(笑)。

・・が、加害者よ、時既に遅し、である。それは被害者を惨殺する前に気付くべきだったことだ。ましてや過去に犯した暴力事件の際に、その行為を咎められ反省めいたことを言っておきながら、単に報復へのステップとしかしなかったその短絡さ。幼稚さ。さて、今回逮捕されたことに対しては、恨むべき相手は誰になるのか。彼は今頃次のターゲットをリストアップしているかもしれない。もし、万が一、彼が本当に反省し、後悔し、どうしようもない自責の念にさいなまれているとしたら、ああ、そうですか、というだけの話である。と同時に、ここが“人権”や“更生”“社会復帰”といったキーワードが大好きな薄っぺらな連中がお祭り騒ぎを始めるスタート地点でもある(笑)。

犯した行為を加害者にどう償わせるべきか・・・。ことある毎に常に論争となるネタである。要は裁判での量刑というものに対してだが、ワタシに言わせればどう考えてもオバカな判決も数多く存在し、恐らくはオバカな判決と言われないように、ある意味責任分散とも言える裁判員制度が導入されたハズなのである。しかしその裁判員判決を破棄するという愚行すらまかり通っているのが現実でもある。情けないというか、滑稽ですらある。犯した罪は“反省の態度”次第でいくらでも軽くなるという今の状況。演技派が勝ち組となるのである。少年法の下では名子役と言ったところか。

話が逸れたような逸れていないような・・・いや、微妙に逸れていない(笑)。

下の記事。やっぱり出て来る。いろんな意見があっていいと思うし、全力で否定するつもりもない。ただ、脱力するには丁度いいかも知れないと思ったまで(笑)。

「川崎中学生殺害事件に極刑を!」という署名には賛同しないでください(仁藤夢乃)

要するに、フェイスブックにて、加害者に対する極刑を求める署名活動がされていることに対する反対意見。このフェイスブックでの署名活動については、その気持ちなり活動趣旨は十分わかるし、ワタシ個人としても今回の事件については極刑が当たり前に下されるべきだと思っている。その考えが揺らぐことはない。ただ、“じゃぁワタシも署名を・・・”とは思わないのである。何故か。単なるネットのコミュニケーションツールに過ぎない、それも日本には馴染まないツールと思っているワタシには、その署名活動が判決に影響を及ぼす世論には到底なり得ないと思うし、逆にネットの、それもフェイスブックの署名ごときで極刑になりました、ってことになるようではマズいと思うからである。司法の根本が揺らぐ話。ただ、前述したとおり、その活動趣旨自体には共感出来る。被害者の受けた苦痛を思えば、極刑でも軽いくらいだ。現実的ではないが、加害者が犯した行為をそのまま刑罰として科すことが出来れば、量刑としてはそれが理想だとワタシは昔から思っている。

それはさておき、この記事の中身。敢えてここで語るまでもないが、最大の脱力ポイントはどこか。

彼らをそこに追いやったのは、こういうサイトに賛同し気軽にシェアしてしまう一人一人、私たちがつくる社会

はい、全身のチカラが抜けたところでリラックス~(笑)。

凶悪事件が発生すると必ず出て来るフレーズである。社会や背景。テレビ番組のコメンテーターが神妙な顔芸で視聴者を笑わせながらよく使うフレーズでもある。一応コーナーのシメとしてピッタリ感もある。“一個人の問題ではなく、私達大人が、そして地域、社会が改めて考えていく必要がありますね。では次の話題です。いよいよ桜前線が・・・”・・・・こんなクソベタな流れ(笑)。もちろん事件の背景としての社会に何の問題もない、という話ではない。時代時代によって、その時々の社会が犯罪に何かしらの影響を及ぼしていることは誰も否定しないだろう。しかし、犯罪の事実があり、殺された被害者が存在し、加害者にどう償わせるのが妥当か、というある種の問題提起に対し、背景に目を向けるべきだってなことを主張するのは、論点のすり替え、それも幼稚で大胆な・・・と言わざるを得ないのである。この記事を読み、脱力しつつ、それでも何とかチカラを振り絞って思うのはヒトツ、極々単純且つ素朴な疑問。

13歳の少年を全裸にし、切りつけ、冷たい川で泳がせ、それでもなお切りつけて惨殺した加害者の責任の所在は?・・・ということ。それだけ。

記事を読んでいると、その責任は社会全体が広~~~く、薄~~~く負担すべきで極刑などもってのほか、としか取れないのである。論点がズレてるという以前の問題。また、“排除が排除を生んだ結果としての事件”と思っているとのことだが、惨殺されるという死を以てこの世から強制排除された13歳の少年の立場はどうなるのだろうか。そこでもやはり死人に口なし。生きている者こそが優先されるべき、というエセ人権活動家としての主張に終始するのだろうか。

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2015-03-07(Sat)

ドレスの色などどうでもいいのだが・・・一応(笑)。

「白と金」「青と黒」あのドレスで意見が分かれる理由はこうだった

先月あたりから話題のドレスの色論争。と言うか論争なんて仰々しいモノではない。こんなのが話題になるなんて、「イスラム国」の脅威などどこ吹く風・・・ってな感じで平和な世界をみんな感じたいだけなんだろな、精神バランスを取ろうとしてるんだろな、とか何とか(笑)。ニュース番組でも取り上げているこのドレスの色どっちに見えるネタ。もう古くなっている。やっぱり鮮度って大事だな(笑)。でもまぁ、覚え書いといて忘れた頃に読み返すと、間が持たないときのネタとして役に立つかも知れない。

話題になった当初から甚だ疑問だと思っていたのだが、質問とそれに求める答えの時点で雑すぎるだろ~と。写真(オリジナル)を見せて、「何色に見える?」←質問はほとんどこれ。そして答える側は、「え?青と黒でしょ?ん?それ以外あるの?」或いは、「え~?・・白と金にしか見えない~」・・・ほぼこの2択状態。ちなみにワタシには後者、「白と金」派、である。・・で、これがそもそも問題。この2択でワイワイお祭り状態になるのがおかしいだろ、と。だから学者をも巻き込んで錯視についての薄~い講義が番組内で始まるのである(笑)。

ワタシにはどうしても「白と金」色のドレスに見えるのだが、正確には、「白と金のドレスが逆光で影になって青く色被りした失敗写真」という感じ。2択となると、迷わず「白と金」。まぁ、現物は完全に青と黒のドレスなので、“どう解説しようと不正解です~!”ということになるらしい(笑)。「青と黒」派の人にとっては、白と金に見えるというのが信じられないとのことである。ん?・・・ちょっと待てよと。現物の写真は確かにどう見ても「青と黒」である。で、その現物写真と今回話題になった写真には違い、差がある。「青と黒」派の人もこのふたつの写真の色調が違うことは否定はしないハズだ。ここまで事実、恐らく(笑)。

写真の見え方等々についての解説はもう散々出尽くされている感もあるのでそちらにお任せするとして、要するに、「青と黒」派の人の答えというのも、「青と黒のドレスが店内照明の影響を受けて少々色味が変わっちゃってますね」というのがその答えの裏に隠れているでしょ?と。まさか現物写真とほとんど同じに見えるなんて人はいないでしょ?ん?・・・違うのか?(笑)・・・色味なんて現物とほとんど変わってないし、普通に青黒なんだし~!とか言われてしまうのか?だとするとこっちだってどう転んでみても何百歩譲ってみても白金にしか見えないし・・・となって、ほらほら、こうしてネタ不足のマスコミの格好の材料となるわけだ(笑)。あるテレビ番組では7対3で「青と黒」派が優勢だったが、ネット上のある調査では、それが逆転していたりする。プリントしたモノを見せるのと、個人個人がそれぞれ違うモニターで見るという時点でまるで条件は違うので、大して意味はない。いや全く意味がない。

青黒&白金の2択を提示され、答えを求められ、見事なまでに意見が分かれ、“本当の色は~~(ドラムロール・・・)~~青と黒でした!!”ってなことからこの話題が沸騰してしまったわけだが、これってあのウルトラクイズの予選あたりで出されたら後々モメるだろうな~とかね(笑)。まぁ、人間の目の不正確さと言うか、脳の不思議さと言うか曖昧さと言うか、逆に場合によっては少ない情報から無意識に正解を割り出していると言うか、・・・・いずれにせよ、時々話題になる錯視の面白さに改めて気付かされた感じではある。な~~んて書いておきながら、やっぱり“正解がどうであれ、「白と金のドレスが逆光で影になって青く色被りした失敗写真」に見え~る”という個人的感想は揺るがないのであった(笑)。

・・・で、久々に驚き笑った錯視ネタが下の記事。タイトル通り、ドレスの色論争などまさに“吹っ飛ぶ”というネタいろいろ。以前どこかで見たことがあるのもあるが、改めて、軽くショックを受ける。いや、結構ショッキングで笑うしかなかった(笑)。チェッカーボードのAとB。3台の車の大きさ。カラフルな色のキューブの上面と側面の真ん中の色。何度見ても驚く。信じられないので画像ソフト立ち上げて確認してしまったくらいだ。確認作業しないと精神病んでしまいそうだ(笑)。それらが同じ色だとか同じ大きさだと何の迷いもなくサクッと答えられる人はやはり脳内の神経回路が特殊な構造になっているのかそれとも単にエラーを起こしているのか・・・どっちかなのだろう。いやいや、こういった2択がイカンのだ(笑)。

まだドレスで混乱してるの? 青と黒とか白と金とか吹っ飛ぶ7つの画像


“くるくる回るダンサー”はかなり前にブログでもネタにして、あまりに面白いのでサイドバーにしばらくこのGIFアニメを貼っていたことがある。久々に見ても不思議なGIFアニメだ。最初時計回り以外には到底見えそうになかったのだが、ある時点で反時計回りにしか見えなくなる。まぁこれもまた見る度にかわるのだが・・・。意識的に回転の見え方をコントロールしようとしても、これがなかなか難しい。ワタシは足下だけ、それもつま先に意識を集中させて、そのつま先が今時計回りなのか、反時計回りに動いているのか、どちらかに強く意識を寄せるようにしてコントロールしている。つま先のシルエットが消える瞬間、その2回それぞれの瞬間に、つま先が前を向いてるのか後ろを向いているのか強く意識する。意識というかむしろ決めつけて見る。もうほとんど念じる感じ(笑)。するとあ~ら不思議。回転方向の見え方が自由自在だ。・・・うそ。なかなか出来ない(笑)。

まぁ、たまにこういうので自分が人間であることを確認するのもいいもんだな、と。ただ、あまりやり過ぎると脳が混乱して先々影響を残すような気もしなくはない(笑)。
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2015-03-06(Fri)

川崎中1殺害事件。私刑とか少年法とか。雑感。

スマイリーキクチ、川崎中1殺害でネット私刑の危険性を力説 自身も過去に被害 : 芸能 : スポーツ報知
「週刊新潮」が18歳少年の実名を報道する理由 (BOOKS&NEWS 矢来町ぐるり) - Yahoo!ニュース

“不正確な情報の拡散の危険性”・・・スマイリーキクチだからこそ、の発言。説得力はある。ただこれはゼロにすることは現実問題として不可能なわけで、最終的にはネットに接する個人の意識の問題となる。情報の拡散手段の進化に、個々の責任が追いついて行けてない状況。クチコミの時代とはワケが違う。モラルや責任についての話が出なくなる日など来ない・・と思う。悲観している訳ではない。ネット社会と言われて久しいとは言え、まだまだ創生期でしかないと思っているだけの話である。

それよりも、個人的に危惧するのは、彼の言う“ネット私刑”により刑が軽減される可能性”についてである。“私刑”という呼び方が適しているかどうかはともかく、ネットに加害者の情報が流れることにより、それが“社会的制裁”と取られ、形が軽減されることなど、あってはならないことである。ワタシ個人の意見としては、彼の言わんとしていることも十分わかるが、少々違っている。いや、普通に違うか(笑)。“ネット私刑”が減刑に繋がる可能性があるから、とか、遺族への責任は?とか、そのことを理由に、実名公開や加害者情報の流出を危惧するのはいささか筋違いだと思うのである。もちろん、これは流される情報が正確なものであることを前提にした話ではある。最も重要なのは、いわゆる“ネット私刑”と呼ばれている状況を社会的制裁として捉えずに、裁判は裁判として、犯行事実を厳正に裁くべき、ということである。その社会意識こそが重要であるということ。“ネット私刑”が社会的制裁という発想の時点で、それは単なる感情的な加害者擁護でしかない。

今の時点でも多少見え隠れし始めているが、“ネット私刑”が話題になる一方で、逮捕された容疑者たちからは情状酌量を狙うような供述も報道されているということ。端から見ればそれは醜い保身でしかないが、当然ながら、弁護側の作戦はとっくに始まっているわけで、いちいちそれが裁判に影響を及ぼすようではたまったものではない。13歳の少年が惨殺されたという事実は変わらないのである。ネットで社会的制裁を受けたからとか本当はやりたくなかったとか、それは全く関係のない話だ。それで減刑されるなら、犯罪のハードルは一気に下がるハズである。

気を付けるべきなのは、“不正確な情報の拡散の危険性”と混同して語られるべきではないということ。不正確な情報により、全く関係のない人間が強制的に社会的制裁を受けてしまうことと、加害者の正確な情報が流された結果もたらされた状況、そのふたつの意味合いは全く異なるものである。殺人という犯罪事実を前に、それを社会的制裁と呼ぶのはナンセンスそのものだ。

そもそも・・・、ということを考えるべきである。何故にいわゆる“ネット私刑”なるものを受ける状況になったのか、ということ。何が発端でそういう状況に置かれるはめになったのか、ということ。そして被害者については詳細に晒されるのに、それが加害者となると一転して“私刑”や“制裁”として捉えられるのは、あまりに勝手な言い分ではないだろうか。

週刊新潮が実名報道をしたことがニュースになること自体がバカバカしいのである。人権派の弁護士曰く、“少年法の精神は、社会復帰することを前提に考えている”らしいが、それに対して筑波大学名誉教授の土本武司氏の発言は極めてマトモで笑ってしまった。“現在の少年法が出来たのは昭和23年のこと。空腹に負けて店頭からパンを万引きして飢えをしのいでいたような非行少年を想定していたのです”。この両者のへだたり(笑)。昭和23年で時間が止まったままの人権派弁護士と、今の時代を冷静に現実的に捉えている教授。象徴的である。そりゃ~今の少年法を隠れ蓑にして悪知恵を働かす加害者と弁護士にとっては昭和23年で止まっていて欲しいだろう。どんな残虐な方法で人を殺そうが、彼らにとっては所詮パン泥棒に過ぎないわけだから。

少年法を見直すのではなく、廃止すべき時期、時代にきていることをワタシたちは認識すべきだろう。


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2015-03-01(Sun)

川崎中1殺害事件。雑感。

久々にイラッと覚え書き。

川崎の中1殺害事件。殺害方法の残忍さはもちろんだが、年上が年下を、そして大勢が一個人を・・・という構図自体が不愉快極まりない。いわゆる集団リンチでもなく、いじめがエスカレートした結果というわけでもない。群れとしての結束ではなく、トップへの服従で保たれるグループの均衡。“ヤらなければ自分がヤられる”という共犯者の供述。実行犯とされるリーダーの小さなお山の大将っぷり。事件の詳細が明らかになる度に、かつてのあのオウム集団や、北朝鮮の粛清を彷彿とさせる。が、そこに見られるのは教祖と信者、将軍と部下といった関係ではなく、コントで見るような親分と子分、つまりは金魚とフンの幼稚な関係でしかない。

これは今に始まった話でもない。“悪ガキども”とか“名の知れた不良グループ”とか、いつの時代にも存在するし、これからも現れては消え現れては消え・・・と繰り返していく。ただ、今回の事件が異質なのは、日々の暴力の延長とかではなく、5歳も年下の子に対し、恐らくは逆恨みを持って容疑者は明らかに殺意を抱き犯行に至っているという点。そして証拠隠滅を他者に強要し、自らはアリバイを主張し逮捕されてなお黙秘するという醜い保身ぶり。アリバイ作りに家族が加担している可能性すらある。知恵の足りない幼稚なアホはどこまでもアホと言うのはのはわかるが、やはり違和感というか、今までの国内犯罪史の中でもあまりなかったような事件ではないだろうか。普通に日本人として感じる違和感なのか、犯行の陰湿さ残忍さ、そこに至る“精神的な雑さ”に対する不快さなのかはわからないが、今までになかったような何か・・を感じる。いずれにせよ、許せない事件ではある。

・・・で、許せない事件・・・なのは当たり前なのだが、この事件、この手の事件でいつも疑問に思うのが、マスコミの容疑者に対する表現である。個人的には、“容疑者の18歳の少年は・・・”や“少年Bは・・・”というあの呼び方はやめるべきだと思うのである。今の時代、“少年”という括り方自体がナンセンスだろ・・と。普通に実名報道でいいだろ・・・と。愚法そのものの少年法の下で、マスコミは総じて“少年”という呼び方をしているのだとは思うが、そもそも“少年”という響きと犯行の現実に違和感を感じない人はいるだろうか。いや、もはや感じなくなっているほど、重犯罪の低年齢化が進んでいるのが現実かもしれない。それにしても大人な犯罪だとしてもセンセーショナルな犯罪を報道するにあたって、常に“容疑者の少年”と呼ぶのはあまりにも浮いてると言うか違和感と言うか、アンバランスな気がしてならない。

そんな現実を前に、いつまで“少年”という呼び方をし、顔にボカシを掛け、画面に映るのは移送中の足下だけ、というアホな報道をするのか・・と思うのである。年齢関係なく、極普通に、極当たり前に実名報道出来ないのか?・・と。今回の事件ではないが、マスコミによって通名か実名か対応が分かれるのも妙な話だと感じる。

話は戻るが、“少年”や“少女”という呼び方。ベールに包まれたかのような過保護な印象を受けるが、方や被害者は事件報道初日から実名、年齢、性別、家族構成、写真、自宅、飼い犬、趣味、等々、異様なまでのスピードでその詳細が報じられる。それに対し加害者の情報というのは、逮捕され、裁判が始まり、判決が出るに至るまでを考えても、浅い。詳しいのはワイドショーくらいだ。ただそれも芸能ネタと横並びの扱いでしかない。事件が発覚した時点で、被害者の人権は奪われ、と同時に加害者の人権は徹底して保護されるという今の制度。希に一部週刊誌が実名報道などした日には、事件よりもそのことの方が話題になってしまうという情けない現状。これでいいのだろうか。これが社会として当たり前の姿なのだろうか。

“人権”という単語をキーワードにして遊んでいるエセ人権活動家どもや偽善集団、死刑制度反対を声高に唱えるだけしか能が無い薄っぺらな主張で論理破綻している連中。毎度のことだが、ヘドが出る。今回の事件など格好の遊びネタだろう。大人の加害者でさえ厚く保護されるのである。“少年”なら尚更だろう。人権の次に更生や社会復帰という単語を掲げ、一生懸命偽善活動にいそしむことだろう。勝手にやるがいい。ただ、それならば、度重なる暴力の末に冷たい川で泳がされ、首を何度も刺され引きすられ全裸で河川敷に放置された被害者である少年に納得してもらうのが先だろう。無理な話か。死人に口なし。連中が主張する加害者擁護のベースはこれでしかない。

おぞましい。加害者と何ら変わらない罪深さだ。今回のような加害者をのさばらせている元凶と言っていい。
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2014-11-18(Tue)

高倉健、死去。

俳優の高倉健さんが死去 83歳 悪性リンパ腫 - 産経ニュース

【高倉健さん死去】「褒めてもらえる機会が二度とないのか」 武田鉄矢さん(1/4ページ) - 産経ニュース


どんなに大スターと呼ばれている人でも、そう呼ばれている理由は、ほとんどの俳優が活動の軸足をテレビにも置いているからである。ドラマしかり、バラエティーしかり。ワイドショーでさえ、露出の場として一役買っている。スキャンダルであれ何であれ、知名度や存在感を維持することもまた、俳優の仕事なんだろな~・・・と。がしかし、高倉健は違った。まさに映画の世界の人だった。近年、インタビューやメイキング映像等でチラッと覗かせる素の部分が、とても貴重なものに思えたくらいだ。

83歳。俳優としてこれから極みの域へ・・・というところだったハズだ。彼の無念さは、同世代のファンだけでなく、一度は“不器用ですから”とあのCMのマネをしたことのある世代の一映画ファンにも伝わっているのは確かだ。訃報に接して涙する老人を見てると、こちらまで涙腺が緩んでくる。

遺作となった『あなたへ』は素晴らしかった。改めてまた観たいとも思ったが、今度は違う涙になりそうなので、しばらくは観ないでおこう・・・。
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2014-11-12(Wed)

福岡。飲酒運転がなくなるハズもない。

酒気帯び免職「重過ぎる」 地裁が市の処分を取り消し 福岡 - 産経ニュース


“酒気帯びって言っても走ったのはほんの少しだし、事故も起こしてないしワケだし、会社でもまだ下っ端の若造なんだから、それで懲戒免職ってのは厳しいと思うよ”・・・と、裁判長がこの体たらくである。距離の長短、事故の有無、年齢で温情判決とも言えるアホな判決。飲酒運転を徹底的に撲滅していこうという意志や意識を全く感じられない。裁判長でさえ、公然と“大目に見る”始末である。走行距離が200mに満たないからとか、事故を起こしてないからとか、管理職じゃないからとか・・・・もうアホかと。これだけ県内で飲酒運転撲滅運動を繰り広げられていながら、我関せずと酒を飲んで普通にバイクを運転するという意識、感覚、行為。その時点でアウトなハズなのに、司法が大目に見てあげるというこのザマ。

福岡の飲酒運転がなくならないのも・・・納得。情けないと言うか何と言うか・・・。
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2014-09-03(Wed)

氷水と寄付のマヌケな展開。雑感。

ALS患者団体「寄付は強制しないで」 NHKニュース

時事ドットコム:「氷水」支援に感謝=批判に困惑も-ALS患者団体

先月あたりから各マスコミこぞって取り上げていたものの、ワタシにとっては全くどうでもいいネタというか、あまり感じるトコロもなかったので、覚え書くつもりもなかったのだが、昨夜のニュースを見て、“いやこれ、展開というか流れというか、もうパッケージとして面白いんだな”(笑)と感じたので、超雑な雑記。たまたまここに辿り着いた方!時間を割いて読む必要ありません。何が言いたいのかワカラン!というオチになってます(笑)。

氷水をかぶって次の人に繋いで行くということの賛否など論ずるつもりもないし、そもそも論ずることの価値すらない・・とは思っている。仕組み自体はネズミ講でありチェーンメールと変わらないわけで、良いも悪いも、迷うとか判断するとかいう以前の問題だろ、と。ただ今話題になっているのは、仕組みはともかく、“ALSという難病を知ってもらうイイ切っ掛けになった”という意見が、批判に対するひとつの大きなより所というか、価値判断をぐらつかせる材料になっているというか・・・・・そういう状況に皆が陥ってるからである。

莫大なカネが短期間に、そして効率的に集まる手段として、昔であればチャリティーソングというカタチで曲が作られ、全世界にリリースされ、そのレコードやCDの売り上げが・・・というのが普通だった。“We are the World”や“Do They Know It's Christmas”なんて、もうMTV全盛期世代のワタシにとっては青春のおもひで・・・として強烈にリンクしている。でも寄付をした覚えがない。そもそもレコードを買ってない(笑)。チャリティーというよりも、レコーディングに集まった面々のスゴさに感動しながら聴き込み、そして録画したビデオを何度も見たものだ。飢餓に苦しむ人々がアタマをよぎったことなど・・・なかったかも知れない。シンディ・ローパーのパートだけがアタマの中で一人歩きしていた(笑)。

あの頃の、というか、曲の売り上げを・・・という仕組みと、今話題になっているアイスバケットチャレンジってのは根本的に違うので、比較する意味は全くないのだが、有名人のチャリティーイベントという唯一の共通項だけでも焦点を当てて考えてみると、いかにバケツの氷水をかぶってギャハハ~!の連鎖というのが薄っぺらで、尚且つ奇妙なものかというのはすぐにわかるのである。そう。奇妙という表現がピッタリだと思う。

果たして・・・、氷水をバケツに準備し、カメラをセッティングし、頭の上からそれをかぶるその瞬間に、被写体となっている有名人たちは、“みんな!ALSのことをもっとよく知ってくれ!そして少しでも苦しむ人々が減るようにみんなで協力しようじゃないか!”ってなメッセージをひとりでも発信していただろうか。また、動画を見たワタシたちもそのメッセージを受信していただろうか。歌には歌詞があり、それはメッセージとしてのチカラを少なからず持っている。歌詞はわからずとも、熱唱する歌手の姿に、何かを感じることもある・・・かも知れない。昔のワタシのように(笑)。

少し話は逸れるが、ワタシなど、あの動画に何を感じればいいのか、と戸惑うのである。ゲラゲラも笑えないし、エ~ッ!ウソ~!などと驚くことも出来ない。いろいろな番組で流されたので、かなり多くの有名人著名人が、低画質なまま(笑)ずぶ濡れになる姿を見てきたが、自分でも自分の無表情さがわかるくらいに無表情なままだった(笑)(笑)。と言うか、あの動画を見て、腹を抱えて笑い、“なるほど!ALSっていう難病があるのか!大変だな!さてと、寄付するか!”と思い立った人はいるのだろうか、と思うのである。

恐らくそこでまた議論のタネと言うかネタというか、に出会すのである。動画の出来や賛否はともかく、“病気の存在をそれまで知らなかった人があの動画を切っ掛けに知ることが出来たのは、何物にも代えがたい価値あることである”、という何ともスマートな意見。正論。方や、“じゃあ、知ってもらうためなら、ネズミ講だろうかチェーンメールもどきなものだろうが、関係ないのか?”、という批判。ここで板挟みになる。莫大なカネが集まるという現実と、ある意味精神論との葛藤。テレビ番組の中で深刻ぶってアレコレ言って時間を潰すくだりである。まぁでもここに集中するのは仕方がない。手段と目的との関係は、それなりに面白いネタではある。何を以て“善”とするのか・・・ってなハナシ。

がしか~し、そんな議論も不毛に思えるほどに、ワタシはこの“不幸の手紙”ならぬ“氷水かぶりの手紙”には何も感じない。手段と目的というハナシからすれば、ワタシはカネが集まる現実にアレコレ言うつもりもないし、そのカネで確実に救われる命が増えるのであれば、それはそれでアリだと考えている。“文句を言うヤツ!同じだけのカネをこの短期間に集められるんだったら集めてみろ!”なんて言われたら、“出来ません”と返すだけである。普通に真顔で無感情なままに(笑)。話が脱線しまくっている気もするが、つまり、手段と目的のどちらにも非のない両立は無理なのか?ということである。集金力のある人間が、集金することは極当たり前のことだ。誰にでも出来ないことを出来る人間に対して、ワタシは批判する立場にはないし、その資格もない。ただ、今回の件でワタシが大きく大きく疑問に思うのは、何故にもっと早い段階で、もっと連鎖の上流部分で、立ち止まって手段を見直すということが出来なかったのか?ということである。ある識者は、“ネット社会ならではですね”なんて通販番組レベルのことを言ってるようだが(笑)、果たしてそれだけだろうか・・・と。

結局このアイスバケットなんとか・・というのは、お祭りでありイベントであり流行りであり、自己顕示欲や自意識が絶妙に絡んだ中途半端な公開マスターベーションでしか・・・ない。いや、悪い意味ではない(笑)。拡散する効率性やスピードという点においてネットが貢献しただけのハナシ。刺激が瞬時に伝染する社会。指名されるされないに関わらず、オレもワタシも・・というのが出て来る。氷水をかぶる、という行為だけが無機的に先走り、そもそもの目的や趣旨が完全に置き去りになっている状況。疑問符を掲げる人間がでてくるまでには、やっぱり時間がかかるんだな~・・と(笑)。

そして冒頭の記事。とうとうALS患者団体が、“寄付は強制ではありません。イベントを通じて病気を知ってもらうのはありがたいけれど、同時に困惑しているのも事実です”みたいな会見を開くという流れ。これを滑稽と呼ばずに何を滑稽と呼ぶ(笑)。飢餓に苦しむ人々が、“お願いだからそれ以上大声で“We are the World”を歌わないで!”と言うだろうか(笑)。つまり、患者側が困惑を表明する会見を開いている時点で、ある意味この氷水チャリティーイベントが破綻しているわけである。だが・・・全体の構図として、面白い。現実に莫大なカネが集まっていることを考えれば、“炎上商法かよ!”と三村ばりのツッコミを入れられてもおかしくはないのである(笑)。

では何故このまるで炎上商法の火消しのような会見を開かざるを得ないような事態になってしまったのか、ということについて、氷水をかぶってブルブル震えた人々は考えるべきなのである。素人の批判にイヤミで返すアホな芸能人もいるようで情けない限りなのだが、このイベントそのものを軌道修正する意思表示くらいはしてもいいのではないだろうか。まぁ修正も何も、ここに来て一気に収束の気配をみせているみたいだが・・・。もう既に2014年の流行り、思い出と化している(笑)。

結局のトコロ、このアイスバケットチャレンジが、USA for AfricaやBAND AIDのような賛同を何故得られなかったのか、ということに尽きるのである。もちろんイベントに賛否があるのは今も昔も変わらない。完全なノーギャラでの参加、純粋なボランティアなんてものはないだろうということくらいは皆わかっているわけだし、別にそれを監視し求めているわけでもない。最終的に救われる人間がいればそれでいいというだけのハナシ。にもかかわらず、その救われる側が困惑するという事態になっているのは何故だろうか、ということ。手段が先走りし過ぎて、目的や趣旨が明らかに後付けとなっていることに違和感を何故感じないのか、と。病気の認知度を高めることに貢献している、という理由すら、取って付けたようにしか聞こえない現実。バケツに貯めた世界中の氷水を集めて、水不足の所に送った方がまだマシかも・・・・というのは冗談冗談(笑)。

コンビニでの釣り銭を、レジ脇の箱にたま~~~~~~~に入れる程度のワタシの戯言(笑)。




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2014-09-01(Mon)

“苦渋の決断”と言うけれど。。。。。

中間貯蔵施設:福島知事「苦渋の決断」…首相に受諾伝える - 毎日新聞

けれど・・・というか、そりゃそうだろうな、大変な決断だろうな、とは思うものの、それでもやっぱり“けれど・・・”と思うのである。

そもそも、原発を誘致するということは、こういう事態も含んでのことではなかったのか?ということ。これ、単にワタシの勉強不足なだけかも知れないが、ふとそう思った、というハナシ。原発がもたらすメリット、その恩恵を受けるエリアなり人数なりがどのくらいなのかはわからないが、間接的なものも含めるとその規模は膨大なハズである。“福島=原発”ではないにしても、県内の産業では重要な位置を占めているのではないだろうか。リスクはカネとして換算され、地元もそれで潤うという構図。良いとか悪いとかいうハナシではなく、人々がその道を選択した結果であり現実であるということ。それだけ。周りがアレコレ言うハナシでもないかも知れない。がしかし、東日本大震災。あの事故が起きた。一瞬にして膨大な数の被災者を生んでしまった。それまで“恩恵を受けていた人々”が“被害を受けた人々”へと変わってしまった。収束なんてキーワードは、今やNGワードと化しているような状況である。マスコミもどんな特集も組んでも、横並びに同情モードで構成されている。そのくせ、大臣の発言には異様な食いつき方をする。

マスコミよ。それで、いいのか?

例の“金目でしょ?”発言とか、何故あそこまでワイワイ取り上げるのかもワタシには理解不能だった。まぁ、あれは石原がヌケ過ぎていたのは確かだが(笑)。

原発を受け入れることのメリット、デメリットについて、地元の人々はどの程度理解し承知していたのだろうか。知事は、“最終処分場は県外で”と言っているらしいが、ワタシにはその意味や真意がさっぱりわからないのである。いや、ホントはわかるけど(笑)。

汚染土を単なるゴミとして語るわけにもいかないとは思うが、位置付けとしては家庭ゴミと何ら変わらない。日々のゴミと言うよりも、大掃除で出た大量のゴミ。例えば、想像以上に大量にゴミが出てしまい、一度にいつもの場所に出すのも気が引けたので、車で隣町のゴミ集積場に持っていくことにする。隣町ばかりだと文句言われそうなので、また別の日にちょっと遠出してゴミを捨ててくる。地域の人々は、“同じ場所に一度に捨てるのは大変だから、分散していろんな所で受け入れてもらいましょう。うん、ウチも受け入れるし。”ということでしゃんしゃんとゴミ問題解決。

な~んて人情にあふれ平和的でほのぼのした話が、いわゆる“普通で常識的”なのだろうか。実際に身の回りでそれを目撃するなり話を聞いた時に、何も感じず、むしろ“人って・・あたたかいね。ガンバレ日本だね!”とか言って微笑むだろうか(笑)。

知事には申し訳ないが、正直言って、このニュースにはバカバカしさしか感じなかった。いや、正確には呆れたと言った方が正しいかも知れない。



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2014-08-28(Thu)

暴力を犬に向けるという卑劣さ。

東京新聞:ほえずに我慢…盲導犬、刺されけが ネット反響「許せない」:社会(TOKYO Web)

盲導犬、何者かに刺されけが…ほえずに「我慢」 : 社会 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

盲導犬が刺されけが 器物損壊容疑で捜査 NHKニュース

記事を読んで、ニュースを見て、涙が出て来た。被害にあった盲導犬を可哀想に思うのと同時に、犯人に対する怒りを伴う涙。こういうのは本当にイヤな涙だ。流したくもない。

世の中にはいろいろな人がいる。殺人や暴力。毎日のように事件は起きる。善と悪の線引きすら曖昧になってきているのが現実である。そして今回の事件のように平然と、そして公然と卑劣な行為に走るキチガイも増えてきた印象もある。“動物虐待の矛先は、いずれ人間に向かう”とよく言われる。確かに残虐さというのは、その行動が次第にエスカレートしていくことで知られる。多くの事件では、それが前兆として捉えられ、コトが起きてから明らかになることも多い。毎度お馴染みの“後の祭り”というヤツである。

ただ、思うのである。犯罪行動心理学のようなもので説明をつけたところで、次に起きる犯罪を防げているのか、抑止出来ているのか?・・・と。何よりもまず、逮捕してもらわないことにはどうしようもないのだが、仮に逮捕されても、精神鑑定とか人権がどうのこうの・・・という話が出て来て、挙げ句の果てには偽善者のアホどもが加害者に対して、“救いの手を”なんてことを言い始める始末だ。

今回の事件。人を殺したわけでもない。人を傷付けたわけでもない。その罪も“器物破損”という位置付けでしかない。しかし、もし今の日本に終身刑があるならば、即適用されてもおかしくない事件だ。感情的には死刑でも何ら問題ないと思うくらいだ。盲導犬と全盲の男性を分けて考える意味がわからない。犯人が仮に逮捕されたとしても、恐らく有期刑を科されて、満了しないうちにしばらくしたら社会に舞い戻ってくるだけだろう。それ以前に執行猶予の可能性すらある。キチガイにとっては何のデメリットもない。屋根のある場所でメシが食えて、健康管理がされて、規則正しい生活を送れるというメリットだけである。

そういうキチガイを、社会に存在させる意味があるのだろうか。つくづく思う。

“排除の論理では何の解決にはならない”、という人もいる。いやいや、排除しなくても、犯罪は起きているんだよ。もちろん排除すべき人間を生まないことが社会の責務なのかも知れないが、残念ながら、ゼロには出来ないんだよ。だって、人間だもの、じゃなくて、動物だもの(笑)。要は、犯した罪をどう償うのか、ということ。もし人間が、いわゆる“動物”とは一線を画す生き物と言うのであれば、罪の償い方に真摯に向き合うべきである。更生の道を信じることこそ、人間と動物の違いである・・・ってな自己満足な偽善思想から、いい加減に卒業すべきだ。

黙って刺され続け、血を流しながらも全盲の男性を誘導し続けた犬は、それでもなお、人間が好きとのことだ。もし口がきけるなら、その盲導犬は“でも・・・許します”と言うかも知れない。しかし、加害者を許すべきではない。存在すらして欲しくはない。犯した罪の大きさを感じさせるべきである。もし言語を理解出来ないキチガイだとしても、痛感させるべきである。人間として、極当たり前のことだ。

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2014-08-25(Mon)

飲酒運転撲滅イベント。無駄ではないかも知れないが・・・。

福岡県内で”飲酒運転”相次ぐ | RKB News

人文字で「飲酒運転ゼロ」誓う 福岡の3児死亡事故から8年 - MSN産経ニュース

誓い新たに飲酒運転ゼロ 広がれ「ゼロの輪」 思い一つに、撲滅誓う 福岡・大濠公園 [福岡県] - 西日本新聞

先日も全く同じような記事を書いたので福岡の飲酒運転ネタはもういいいか・・・と思ったものの、今回はまた随分大掛かりなイベントだったらしいので、“それ、どうなの?”というかなり棒読みモードな覚え書き(笑)。

日中、何機ものヘリコプターやセスナ機が飛びまくり一体何事が起きたのかと思ったら、夕方のローカルニュースを見て納得した。大濠公園で人の輪を作ってたらしい。飲酒運転撲滅を目指しての“ゼロ”運動。遺族やタレントも参加しての大集会。博多駅前では県知事が挨拶。幼児3人が死亡したあの“事故”ではなく“事件”から8年。風化を防ぐためにも意味、意義のあるイベントかも知れない。人々の飲酒運転ゼロへの願いは、作り物でもウソでも強制されたものでもない。ワタシ自身も、“福岡と言えば飲酒運転”ってなイメージは誰にも持ってもらいたくはない。

がしかし・・・である。やっぱりこれって壮大なる自己満足なイベントじゃないのか?・・・と。

もし・・・・、今すぐにでも飲酒運転をしそうな、或いはアルコール依存と闘っている人々が参加して、“これじゃイカン!このままの自分じゃダメだ!飲酒運転なんてもってのほかだ!”と自覚する機会を与えられるイベントであれば、とても有意義なものに違いない。みんなで歌を歌ってもいいだろうし、いろんな人文字を作って盛り上がるのもいいだろう。ヘリなんて何機飛ばしても問題ない(笑)。壮大な屋外カウンセリング集会だったら、毎月でも開催してもいいだろう。だが、今日のようなイベントというのは、飲酒運転の撲滅としての有効性や実効性よりも、あくまでも啓蒙活動としてのお祭りでしかない。大濠公園をぐるっと囲んで“ゼ~ロ~!”と人々が空を見上げてニコニコしたところで、それは酒飲みのバカの心には1ミリも届かない。残念ながら、開き直った偽善イベントと化している24時間テレビの薄っぺらなマネ事にしか見えない。そりゃ~、参加してる人々のテンションはアゲアゲだろうけど(笑)。

いや、ワタシはイベントを開くなとか、全く意味がないからもう止めたら?と言っているのではない。お祭りはお祭りでメリットもある。風化する記憶を何とか押し留める効果はあるハズだ。あの悲惨な事故を二度と起こさない、起こさせないようにしましょう!と集まったみんなが意識を共有し、それがまたニュースで流れ、視聴者の目に留まって・・・という正の連鎖が続くことはとても大事なことだろう。それが、飲酒運転は悪質な犯罪と何ら変わらないんだ、という方向に、県民の意識や認識を向けさせていく切っ掛けになれば、イベントとしては大成功であることも間違いはない。ただ、現実はそう甘くはないのである。飲酒運転をするようなアホは、酒を飲みながらこのニュースを見た後にハンドルを平気で握る、そんな奴らだ。

この8年、遺族を元として行政も一丸となって必死な飲酒運転撲滅活動をしてきたハズだ。しかし、件数は減ってきたとは言え、それでも毎日の日課のように飲酒運転者が逮捕されているのが現実である。恐らくキャンペーンのことも知っているハズだし、8年前の悲劇についても知っているハズである。それでもハンドルを握る。自分だけは大丈夫と思い込み、自分だけは決して捕まらないと思い込んでハンドルを握っているのである。そういう連中の意識と、大濠公園のゼロの輪の間には途方もない溝があるのだ。いや、浅い溝なら埋めることも出来るが、これはそう簡単には埋められない深い深い溝である。

もっと、リアルなイベントにすべきだと思うのである。ワイワイニコニコして人文字を作るよりも、県内の予備軍を含めアルコールキチガイ達を強制的にでもかき集めて、血だらけ肉片だらけの事故現場をスクリーンに映し出しながら、飲酒運転の非道さを説くとか、そういうショック療法のほうがよっぽど効果があると思うのだ。その後でワイワイすればいい。いや、ワイワイ出来る気分にならないと思うが・・・(笑)。

いずれにせよ、本来イベントに参加すべきは誰なのか?ということである。このところ話題になっているアイスバケットなんとか・・・っていうチェーンメールイベント(笑)にも同じものを感じるが、やはりイベント本来の趣旨、本来の主役、というのがいつの間にズレ始めているということである。恐らくこれはお祭りイベントを繰り返す上での運命と言うか、仕方のないことだとも思うが、軌道修正もされないままに繰り返されるのはいかがなものだろう・・とも思うのである。タイプは違うものの、オリンピックがわかりやすい例だ。まぁ、あれはエンターテインメントとしての壮大な見世物として変貌した、ある意味では成功例だという気もするが、莫大なカネのニオイがプンプンすることにワタシたちが違和感を感じなくなっているせいもある(笑)。

え~っと・・・飲酒運転撲滅イベントの話だった(笑)。やはり、イベントの在り方について、もっと社会的な影響を与えられるような実効性のあるものに軌道修正すべきだと思うのだが・・・。飲酒運転など決してしないだろう人々がガンバロ~!と拳を振り上げることよりも、飲酒で病んでいる連中が、誓いの拳を振り上げることのほうが重要だと思うのだが・・・。

こういうのは、下戸のヒトリゴト、戯言だろうか(笑)。
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2014-08-23(Sat)

広島の災害報道。雑感。

ニュースで現場の映像を見る度に、改めて、自然の脅威を感じてしまう。いや、もちろん自然にとってはちっぽけな現象なのかもしれないが、一瞬にして命を奪われるワタシたちにとってそれは脅威であり恐怖でもある。つくづく人間の非力さを痛感させられる。

今に始まったハナシではないが、災害関連のニュースを見る度に感じるコトがある。災害発生→犠牲者の悲劇性→原因追求→行政批判・・・というこの流れ。今回もまた然り、である。テレビ各局共に、まるでひな形でもあるかのようなパターン化されたニュースの展開。悲劇であればあるほど、それは責任追求ということとセットになって報じられる。ニュースの構図としてはわかりやすい。“防げたハズでしょ!行政はもっと何かやれたハズでしょ!天災じゃなくてこれは人災じゃないんですか!”

安直過ぎる。

いや、批判するなというハナシではない。次の悲劇を起こさないためにも、行政の怠慢、責任の所在については徹底的に糾弾すべきである。明らかに人災である場合は、ある種の犯罪としての報道姿勢で臨んでもらいたい。マスコミとしての責任を果たしてもらいたい。それは強く思う。がしかし・・・・、である。ニュースを見ていると、どうも最初から“批判ありき”で進めようとする安直な意図を感じるのである。漠然とした世論誘導。当事者でなくとも、悲劇の原因に怒りを感じる余地があれば、その矛先をどこに向けるか、というモードでニュースを見ることになる。このところの災害関連のニュースを見ていて普通にそう感じて当たり前のハナシだ。ただ、これはストーカー殺人や幼児虐待といった事件ではない。自然災害の話である。ましてや今までに体験したことのないような天候に見舞われてのことである。

いつも槍玉に挙げられるのが、避難勧告のタイミングである。もっと早いタイミングで出していれば、亡くならずにすむ命もあったのではないか・・・というアレ。多くの犠牲者が出ているという現実を前にすれば、行政側もそのことを認めざるを得ない。その一方で、オオカミ少年的な状態に陥ることだけは避けなければならない。恐らく避難勧告を出すハードルを下げれば、それはそれで、乱発すべきではないなどと言った声も出て来るだろう。“何事もなくて良かったじゃないか”なんてコトバはかき消されてしまうに違いない。音は小さくとも、批判や文句の声はよく通る(笑)。

またこれは住民の自己責任という単純な話でもない。ある番組では、あの土砂災害の起きた場所の地形的な危険性や、宅地開発による弊害といったことに言及していたが、それこそ結果論で論じられる薄っぺらなものでしかない。津波に襲われれば、沿岸地域は常にその危険性があると言い、もし東京に地震が起きれば、いつ起きても不思議ではなかったと言うだろう。川沿いの地域は増水による危険性を指摘され、安全そうに思えるだだっ広い平地でも、竜巻の危険性を指摘される。要するに、100%安全安心な場所などないのである。居住地としての安全性に地域差があるのは確かだが、最近の自然災害関連のニュースを見ていると、そもそもその地域差の認識というのも無意味なのではないか・・・・と思い知らされるのである。危ない場所に住むのが自己責任と言うのであれば、日本に住んでいる以上、全国民が同じ自己責任を負っているということでもある。テレビ番組で直接言及されることはないが、ニュアンスとして見え隠れする自己責任というコトバの根底には、被災するのはあくまでも他人事だという妙な思い込みがあるように思えて仕方がない。

よく言われる、“過去の教訓を活かせなかったのか”、ということについても、そのコトバだけが先走っているようにも感じる。もちろん過去の災害から学ぶことは大事だし、減災に向けての取り組み方に活かしていくべきことでもある。しかし、自然を相手に、“教訓を活かす”ということはそう簡単なことなのだろうか。これは、交通事故を防ぐといった類いの話ではない。住宅地として何十年も平穏な生活を送ってきた場所で、突然今回のようなことが起きる。起きる可能性は他の地域に比べて高い、というそれだけの理由で、数百人の住人に引っ越しを強制出来るだろうか。

自然のチカラには適うハズもないし、そもそも人間の存在なんて塵みたいなものだ。自然破壊ってなことが問題になることがあるが、結局それは人間破壊の問題でしかない。単なるしっぺ返し。要するに、人間は、自然界の中でどうにか生かされているという認識をもつ必要があるということ。圧倒的な自然のチカラを何度も目の当たりにしていながら、ワタシたちは人間の非力さを学習もしなければ認めようともしていない。どんな自然の脅威も、“喉元過ぎれば・・・”ってヤツである。マスコミは行政を批判さえしていれば、善人側に立っているという安易で大きな勘違いから卒業し、ワタシたち人間の非力さを極当たり前に、そして謙虚に受け止めるべきということを語ることから始めるべきではないのか。

話が逸れているようないないような・・・・え~っと・・・避難勧告のタイミングの話だった(笑)。もし避難勧告に従って避難所へ行く途中に犠牲になるようなことがあるとどうなのか。今回のように、避難民もろとも避難所自体が流されてしまったらどうするのか。避難勧告の回数が増えた場合、そのそれぞれの緊急性の違いはどう捉えるべきなのか。そもそも、避難勧告が出されて、それに素直に従って避難準備を始める人がどれほどいるのか。こういった諸々のことを考えると、行政への過剰な期待と闇雲な批判がいかに不毛なものであるかということがわかってくるのである。

つまり、次の悲劇を最小限に抑えるためにマスコミがチカラを入れるべきなのは、安直な行政批判ではなく、ワタシたち自身の、人間自身の意識、認識についてなのである。自然界には到底立ち向かえないし、適う相手でもない。ただ、その犠牲になることが、単なる運命論で片付けられるべきではない。大切なのは、生き残ろうとする直感力の必要性である。現に野生動物は本能的に生き延びる術を身に付けてる。人間にも同じチカラがあればとは思うが、悪天候の度に“なんかヤバそうな感じだから、引っ越しましょう!”というワケにはいかない。しかし、漠然とでも意識をしておくことがいかに重要であるかというのは、今回被災した人々のインタビューから感じられることもである。皆が口々に、異様なニオイ、音、振動、周りの違和感等々を訴えている。それをどう活かすか。生死の分かれ目のひとつの要素でもある。ただ、今回の災害が深夜から早朝にかけて起きていることを考えると、判断するには難しい状況にあったこともまた事実だろう。

話は戻るが、これは事件ではなく、自然災害であるということ。犯人逮捕で終わり、という類いのものでも、解決策を見つけて終わり、という類いのものでもない。もちろん人災という側面についての検証も徹底してされるべきだが、それが定番のお約束企画であってはならない。今更ではあっても、ワタシたちの災害に対する認識、恐らくは“謙虚さ”の一語に尽きると思うのだが、そのことについても語られるべきだと思う。




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2014-08-16(Sat)

何故に刑罰よりも更生なのか。佐世保の事件。雑感。

同級生殺害「立ち直りが大事、刑事でなく家裁で」 | テレ朝news

佐世保高1殺害「逆送せず徹底調査を」 元判事ら要望書:朝日新聞デジタル

【佐世保高1女子殺害】事件の背景を探れ 元判事らが徹底調査を要望  - MSN産経ニュース


相変わらずこういうのが出て来る。毎度のことだ。“少年”とか“人権”ってなキーワードに酔いしれる自己満足な偽善者ども。もちろん、事件が起きた背景や、加害者が犯行に至る経緯を詳細に分析する必要があることは否定しないし、時間を掛けてでも徹底的に行うべきだとは思う。すぐにはわからない心理的な側面を丁寧に紐解いていくことで、この手の犯罪を多少なりとも防ぐことが出来るかも知れない。

がしかし、である。加害者の年齢が何歳であろうとも、犯罪は犯罪である。正当防衛の末の行為でも、やむを得ずの行為でも、全く偶発的に起きてしまった出来事でも何でもない。明確な殺意と計画性をもって行われた殺害行為である。その加害者を、年齢の線引きだけで、刑罰よりも更生を求めるというそのふざけた発想は、ワタシには全く理解出来ない。人を殺したことを切っ掛けに真っ当な人間になれるのなら、その機会を逃すわけにはいかない。犯行後も人生のサポートをしてくれると言うのであれば、ワタシも是非お願いしたいところだ(笑)。連中の戯言については、呆れると言うよりも、不思議に感じるのである。いわゆる少年犯罪と呼ばれる事件が起きると、決まってこういう連中が出て来る。恐らく性善説を信じ、仏心を持ち合わせた、とてつもなく寛容な心の持ち主なのだろう。蓮の葉の上で、天使の羽でもパタパタしているに違いない(笑)。

逆に・・・、怖い。

人権派を気取る偽善の塊のような彼らにとって、犯行の事実はどう映っているのだろう。頭を殴られ、腹を割かれ、手や首を切断された被害者の存在はどういう位置付けなのだろう。そもそも、人を殺すという罪、そしてそれに対する償いということについて、どう捉えているのだろう。そういった諸々のことについての見解を、遺族の前で、被害者の墓前で、淀みなく語ることが出来るのだろうか。加害者のサポートに精を出す彼らの存在こそ、事件に絡むもうひとつの恐怖でもある。

そもそも加害者が逮捕されて以降の情報の出方が何とも奇妙と言うか、ある種の意図や狙いを持って流れ出てきているよう気さえするのである。もちろん各メディアによってソースも違うだろうし、表に出て来るネタがまちまちなのはわかるが、やはり少年法というのが足かせになっているのは否めない。加害者の父親が弁護士であることがどう影響しているのかいないのかは、情報の受け手にとっては知る由もないが、もしそれが今後の裁判を見据えての“業務的”なものだとしたら、ゾッとする話でもある。まぁ、憶測憶測。ワイドショーやネット、雑誌を見て物事を断定するアホにはまだならないでおこう(笑)。

いずれにせよ、である。年齢という不毛な線引きが、殺人という犯罪に対する刑罰の線引きにまで影響するというのは、全くおかしな話である。“時間をかけて自分の過去や事件を見つめさせ、立ち直りを促す”ってなことを連中はヌかしているが、そういうことは加害者が人を殺す前に言えと。何の罪もない、何ら殺される理由のない人間を惨殺し、将来を奪いながら、その奪った人間の将来に対しては法的に手厚くサポートすることを望むとか、ワタシに言わせれば、それは殺人と何ら変わらない行為に他ならない。無責任という以上に、罪深さを感じる。
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2014-08-13(Wed)

万引き犯の顔写真公開中止。雑感。

まんだらけ、「万引き犯」の写真公開中止 警視庁が要請:朝日新聞デジタル

まんだらけ | 警視庁の要請により顔写真の全面公開は中止させて頂きます


この話に賛否があることに正直驚いた。“否”もあるのか・・と。ニュース番組での街頭インタビュー。“顔写真の公開はやり過ぎだと思います”という意見もそれなりにある。仮にそれが仕込みだとしても(笑)、何と言うか・・・まぁ、それが法治国家の模範解答ということなのか。ワタシは顔写真公開に全面的に大賛成なのだが・・・。

これ、そもそもは被害者であるまんだらけが警察にサクッと通報&証拠映像を提供して、それから警察はサクッと動いて捜査するなり映像公開するなりして、そしてサクッと解決&お帰りなさい鉄人28号・・・という流れが普通だとは思うのだが、今回まんだらけは早々に怒りの攻勢をかけた。いや、コトの経緯がわからないので何とも言えないのだが、警察の鈍い動きにしびれを切らして、と言ったところなのだろうか。いずれにせよ・・・、仕掛けた。マスコミもこのネタを大々的に取り上げ、一気に知れ渡った。まんだらけとしてはある意味確信犯的な策というか、万引き行為に対する警告としての意味もあったハズだ。ところが、顔写真の公開は名誉毀損といった法的な問題を生む可能性があると指摘され始めた。被害者でありながら、同時に加害者にもなり得ると言われ始めたのである。ある弁護士がインタビューに答える。

法的にはあり得ますね

ん?・・・そうなのか。“この人が犯人かも”ってな漠然とした推測ではなく、現行犯としての映像まで押さえている状態でも、被害者が“この人犯人です!”と告知することが違法行為として罰せられるということなのか。厄介な話だ。当然ながらまんだらけはその辺りのことも承知しており、その上で敢えて仕掛けたハズである。だとするならば、いっそのこと最初からモザイクなど掛けずに、“こいつが万引き犯です!”と出すべきだったのではないのか。それがまんだらけとしての本気度を示すチャンスだったのではないのか。時限式でモザイクを・・・というのは、まんだらけとしてはニュースとしての話題作りと、万引き犯に対する最大限の猶予であり優しさのつもりだったのかも知れないが、結果的に“警視庁の要請により中止します”とか、アレアレ~?という感じで、先制パンチを食らわすべきところで戦意喪失した、させられた、みたいな拍子抜け感はどうしても否めない。

誘拐されたブリキの鉄人28号が戻ってくるのも時間の問題だろう。となると、窃盗罪としての罪の問い方も変わるハズだ。まんだらけが被害届を取り下げ、ってなことにもなりかねない。企業としての懐の深さなのかお情けなのか。そういう事態だけは避けてもらいたいところだ。まぁ、警察に委ねている時点で、無罪放免ということにはならないとは思うが・・・。そもそも今回の件は、万引きという犯罪に端を発している話である。犯罪。違法行為。それがいつの間に顔写真の公開の是非という問題だけが話題になり、結局警察にお任せします、というグダグダな流れ。一体警察は何をやっとるんだ?という気もするが、やはり被害者よりも加害者が優位に立つという不条理な構図のほうが気になるのである。これは日本ならではの感覚なのかはわからないが、法的な正当性と言いつつも、そのベースにはどうも情状酌量とか人権とかいう聞き心地のいいキーワードがふわふわと存在している気がしてならない。しかし・・・、である。

腹を空かした子供の食い逃げとはワケが違うのである(笑)。

何故に万引き犯の人権が保護されることが優先されるのか。仮に顔写真を公開したとしても、まんだらけの行為は罪には問われないという見解もあるものの、結果的にまんだらけは公開中止を選択した。警察に屈した、というわけではないだろうし、あくまでも捜査に協力するため、ということではあるが、今回の件が論争として話題になったことは良かったのか悪かったのか、正直よくわからない。ただ、まんだらけに覚悟と意志があったのなら、最初から万引き犯の顔写真を公開すべきだったとは個人的には思う。違法行為を犯した人間に気を遣う必要がどこにある。


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2014-08-12(Tue)

ロビン・ウィリアムズ、死去。

ロビン・ウィリアムズさん死去 自殺による窒息か - シネマトゥデイ

ロビン・ウィリアムズさんの死を悼み、オバマ大統領、スピルバーグ監督など著名人が続々追悼|MSN トピックス


彼の真骨頂でもあるコミカルな役から、最近ではシリアスな悪役も演じていたロビン・ウィリアムズ。名作というよりも娯楽の傑作で存分に観客を楽しませてくれた彼が自殺した。深刻なうつ病と闘っていたとのこと。俳優の死としては決して珍しくはない話だが、近況を知らずにいきなり知らされる私達にとっては非常に非常に残念なニュースでしかない。63歳。俳優としてこれからますます軽妙且つ重厚な演技を見せてくれたハズだ。

オバマ大統領の声明がいい。“ロビン・ウィリアムズは飛行士であり、医者であり、精霊であり、子守りであり、大統領であり、教授であり、騒がしいピーターパンであるなどあらゆる存在でした。しかし、彼のような人はほかにはいません

彼ほど変幻自在な俳優はいないかもしれない。来日時のインタビュー取材にもサービス精神旺盛だった。そんな彼が自ら命を絶った。うつ病の末に選んだのが自殺というのはあまりに悲しい事実だ。病気を乗り越えて、それをネタにして私達をまた笑わせてくれる人であって欲しかった。映画の中で永遠にあの笑顔のまま生き続けるのは俳優の本望かも知れないが、それでもやはり歳を重ねていく彼の姿を観たかったというのが、世界中の映画ファン、そしてロビン・ウィリアムズファンとしての気持ちではないだろうか。今はただ冥福を祈ることしか出来ない。
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2014-08-12(Tue)

自己満足に終わっている飲酒運転撲滅運動。

飲酒運転の疑い 中学教師逮捕 - NHK 福岡 NEWS WEB

飲酒運転撲滅めざし話し合い - NHK 福岡 NEWS WEB


福岡は、日々相変わらず安定した飲酒運転祭りである(笑)。昨日は中学校の教師が逮捕された。飲酒運転なんて人間のクズのやることでしかない違法行為である、と生徒に説くべき教師、それも56歳というベテラン教師が・・・である。そして同じ日に、飲酒運転撲滅のイベントが開催されている。遺族や医療関係者、弁護士、ローカルタレントらが集まり、飲酒運転撲滅への取り組み方を考えるシンポジウム。最後は“飲酒運転ゼロ~!”ってみんなで輪っかを作って締めくくり。この手のイベントが報じられる度に、改めて、思う。

減るハズがない。

もちろん、“飲酒運転をさせない”という飲酒者周囲の意識やその抑止力としての効果を否定はしないし、とても重要なことだとは思う。しかし、残念ながら、現実は参加者の自己満足の集いでしかない。“アルコール依存症が疑われる人が109万人いるのに対して、治療を受けているのは5万人にとどまっている”とのことである。本来、飲酒運転撲滅イベントに参加すべきは、こういった連中のハズで、治療を受けるとか受けないとか、症状の自覚のあるなしという以前に、アルコール依存の人間を強制的にでも参加させ、事故の代償の大きさを自覚させるということを目指すべきではないのか。また、飲酒運転をする人間が必ずしもアルコール依存症というわけでもないだろうし、潜在的な飲酒運転予備軍の多さ・・・ということを考えると、もっと現実的且つ有効な策に時間とカネを割くべきだと思うのだが・・・。みんなでニコニコして“ゼロ~!”なんてやってる場合か?

最近多発している“危険ドラッグ”による人身事故のニュースを聞いていても思うのは、やはり事故を起こすことによる代償の大きさの自覚が全く想像出来ていないということである。入り口は単なる興味に始まり、自分だけは大丈夫、捕まらない、という根拠のない意味不明な自意識のままにハンドルを握り、結果的に事故を起こし、当の本人は死なずに、関係のない人を傷付けて終わり、という流れ。絶対に知っているハズの、“後悔先に立たず”、というシンプルなことわざがアタマを過ぎることなく事故まっしぐら・・・・である。結局、病的な依存云々という以前に、想像力の欠如や意識に低さという極々単純なところに端を発しているのである。

話は少し逸れるが、ワタシはタバコを吸わないし、吸おうとも思わない。その大きな理由となっているのは、小学生の頃に病院で見た、喫煙者の肺の写真である。ドス黒くただれた肺内部の写真は強烈なインパクトがあった。まぁ、あれは極端な症例写真ではあったのだが、あの写真を見て以来、タバコを吸う人を見る度に思い出し、ほぼ同情の視線で見ている。何故に死に急ぐ、と(笑)。飲酒運転撲滅の件と強引に結びつけるつもりはないが、幼少期や低学年の時期に、もっとインパクトのある教育も必要なのではないか、ということを最近特に思うのである。トラウマの必要性や有効性、と言うと少々大袈裟だが、少なくとも様々なことに高をくくるオトナになってからよりも、子供時代にインパクトを残すほうが、後々効果的なハズなのである。

自動車学校や免許更新の際に一度は見たことのある教育映画で、交通事故を扱ったものがある。あれは飲酒運転というより、単に安全運転を心掛けましょう、といった類いのものだったような気もするが、ああいった映画も、もっとリアルでエグい描写のものを作って、それを免許を取る時点ではなく、小学校や中学校の授業で見せるということも必要な気がするのである。要するに、車を運転することによるメリットは、同時に人を殺すリスクを抱えることでもあり、ましてや酒を飲んで運転することはれっきとした犯罪であるということをしっかりと認識させることが重要なのである。“自分だけは大丈夫”という意識を持ってはダメ、なのではなく、その無意味な発想自体を無意識なレベルで最初から持たない、ということ。こういうのは、コドモの頃に意識に植え付けるべきで、オトナになってからでは遅いのである。

あと、徹底すべきは死刑を含めた厳罰化である。今のように、飲酒運転の末に人身事故を起こしても、数年もしないうちに社会復帰し、運転免許を取得し、何食わぬ顔で社会に溶け込むというコト自体がマトモなことだろうか。誰にでも過ちを起こすコトはある、ってな薄っぺらな寛容さを持つべきなのだろうか。ワタシは、一度でも飲酒運転で逮捕された人間に、二度と運転免許を発行すべきではないと考えているし、起こした事故によっては社会に復帰させるべきではないと考えている。殺人事件と同様に、量刑として死刑を含めるべきだとも思う。厳罰化に反対する意味や理由を全く思いつかない。この手のハナシになると、“刑を重くしても、犯罪はなくならない”という耳障りのいいことをほさぐ偽善者の声をよく聞くのだが、根本的な所でズレているので呆れるのである。刑を科すことを犯罪の抑止力の視点でしか語れないことに失笑してしまうのである。犯した行為をどう償うのか、償うべきなのか、という論点から逃げて、フワ~っとした性善説の下で更生への期待を持つという無責任さ。被害にあって亡くなった人の墓前でも言えるのか?・・・と。

話が逸れた・・・・ようで、逸れてないハズ(笑)。今に始まった話ではないが、参加者のマスターベーションでしかない飲酒運転撲滅のイベントは、そろそろ考え直すべきじゃないのか?ということ。ほぼ毎日のように飲酒運転での逮捕者が出ているという現実を前に、もっと現実的で有効な策と法治国家としての当たり前な対応について考えるべきだということ。車を運転するという状況だけで、いわゆる一般の殺人事件と切り離されて語られ判断されることがいかにおかしなことであるか、ということ。

福岡県がホンキになって取り組むのは・・・無理な話か。


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2014-08-05(Tue)

科学者の死。雑感。

【理研・笹井氏自殺】遺書は秘書の机に2通、現場に3通 「心身共に疲れていた」 理研が会見 - MSN産経ニュース


このニュースに接して感じるのは、ふたつの“残念さ”である。

科学者の死は、国益という点からも、非常に惜しく残念であることは間違いない。そして今回それ以上に残念に感じるもうひとつの理由は、一連の騒動に対する説明責任を果たさずに自ら命を絶ったということ。亡き人に対して使うべき言葉ではないかも知れないが、それはもっとも“卑怯な”手段だったとも言える。少なくとも、彼はタイミングは間違えている。死を選ぶことに正解も間違いもないのは確かだが、ひとりの大人の選択を仮に肯定するとしたならば、今回の自殺のタイミングは、無責任さと卑怯さしか残していない。関係者へ遺書を数通残しており、発作的な行為ではなかったとは思うが、今死を選ぶべきかどうか、ということを考える余裕などなかったのだろう。だったとしても、彼は今出来る可能な限りの説明責任を果たすべきだった。死に急ぐことの不毛さをほんの少しでも感じるべきだったハズである。

夕方のニュース番組で、小銭稼ぎのコメンテーターが、“先日彼の責任を追及するような番組もあって、相当な重圧を感じていたのではないか”ってな同情めいたことをほさいでいたが、何とも上っ面だけのアホなコメントだろう・・と失笑してしまった。ワタシはその番組(恐らくNHKの番組だとは思うが)を見ていないが、もし仮に、彼がその番組を見て、自ら命を絶つことを思い立つなり最後のスイッチが入ってしまったことが事実だとしても、今回の件が彼への同情論へ向かうのはおかしすぎるだろ、と。まぁ、所詮コメンテーターのレベルなんてそんなもんだとは思うが、あまりにも薄っぺらで安易なコメントは止めてくれと。それは一体誰得なコメントなんだ?と(笑)。

それにしても、科学者や研究者というのは、その人生の大半を試行錯誤に費やし、その結果として、素人には到底辿り着けない成果を達成するのものだと思っていたが、やはり実験を繰り返すようにはいかないこともあるのかな~・・・といささか棒読みな感情を抱いてしまうのである。ホントはああいう人にこそ、起死回生を図ってもらわないと、ワタシのような超平凡で超凡人なド素人は、必死に生きる希望を見出せなくなってしまうと言うのに。

・・・いや。そのくらいでいいのかも・・・知れないな。
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2014-08-01(Fri)

佐世保の事件。改めて、雑感。

【佐世保高1女子殺害】事件前に児相へ電話「女子生徒が殴打、解剖」匿名で対応できず - MSN産経west

【佐世保高1女子殺害】「女子生徒は人を殺しかねない」の医師の情報生かせず 長崎県 - MSN産経west


このニュース・・・・どうもよくわからない。児童相談窓口に情報を寄せたという精神科医への直接のインタビューを見てないので、記事やテレビニュースだけでは、その詳細が今ひとつわからないのだが、こういうことってあり得るのか?うん、あり得るんだな・・・と、何とも釈然としないものが残るのである。映画やドラマのネタとしては定番のネタと言うか、よくある展開ではある。まぁ、たいていの場合は、警告を発しようとした人間があと一歩のところで殺されて、誰も気付かぬままにまた次の犯罪が・・・ってな感じの展開なわけだが、今回のこの現実のケース。警告がまるで機能することなく、最悪の結果に至ってしまった。よくわからないと思ったのは、相談窓口に情報を寄せたという医師は、女子生徒の過去の問題行動が、将来への危険行動へ繋がる可能性を指摘しつつも、“守秘義務”のため彼女の実名を伝えなかったとのことだ。そして相談を受けた側は、それが匿名だったので特定出来なかったとし、結果的に、事件が起きた後に、その内容から特定し確認したとのことである。

この流れ、普通だろうか。想像力を働かせても、どうもイメージが出来ない。

相談窓口の怠慢、とか言うよりも、そもそも、守秘義務のため氏名を明かさない情報提供、相談、というところから、???・・という感じなのだ。“過去に小動物を解剖したり父親を殴った子がいるが、先々も危ないと思うので今のうちに何か対処しといたほうがいい”・・・ってな内容だとは思うのだが、“でもそれがどこの誰というのは言えません”、とか・・・・、“え?そこで守秘義務~~?!?!”とワタシならそこで強いツッコミを何度も入れてしまうかも知れない。いや声を大にして入れる(笑)。これではまるで“最大限のヒントは出すから、問題の答えは自分で見つけてね”、ってなもんである。窓口の担当者は、どう捉えたのだろうか。“あ~~、例の彼女ね・・”という感じだったのだろうか。いやいや、報道によれば、匿名だったから特定出来なかったということだ。事件が発覚して、相談内容との一致から、“彼女のことでした”と結論付けた・・・と。ホントにぃ~?? だとしたら、いくつものヒントが提示されながら、全く答えに辿り着けなかった、と言うか、辿り着こうともしなかった、完全にタイムオーバーの罰ゲームもののお粗末さである。

この流れ。こんなことって・・・常識的にあり得るのか?・・・と改めて思ってしまう。

もし、懺悔に来た人間から、過去の殺人行為やこれから犯すかも知れない犯罪行為について告白されたら牧師はどうするのか、というのがアタマを過ぎる。違うか(笑)。いや、確かに守秘義務ということは非常に重要だとは思うが、それが犯罪を未然に防ぐことを阻害する要因になっているとしても、それは義務として厳守すべきなのか?・・・ということ。想像ではあるが恐らく今回のケース、情報を寄せた医師としては、法的なギリギリのところで踏みとどまって、窓口側に“後は任せたぞ”、とバトンを渡したつもりだったのだが、コトの深刻さを理解出来なかった児童相談所はその情報を放置。事件発覚後に“おいおいヤッベ~ぞ!これ先月電話のあったアレだろ?”ってなトコロではないのか。放置をそのまま認めるのはバツが悪いので、“該当者氏名が匿名だったので特定出来ませんでした!”とかなりマヌケなオプションを加えました(笑)・・・じゃないのか。容疑者の女子生徒については、恐らく地元では家族共にちょっとした有名人だったハズで、仮に情報提供を受けた当人がピンと来なくとも、センターで情報を共有していたならば、その内容から容易に女子生徒を特定出来ていたハズである。それも早期に。

この勝手な想像がもし事実だとすれば、単なる業務怠慢という話なわけだが、だとしても、どうしても“守秘義務のために氏名は伏せた”という所に引っ掛かるのである。医師としては当たり前な行動、と言われてしまえばそれまでだし、その通りだとも思うが、人の生死が関わる事案にも関わらず、言ってみればヒント止まりの情報提供と、業務怠慢と非難されても何らおかしくない児童相談所の対応が組み合わさって、結果的に最悪の事態に至ったことを考えると、やるせない気もするのである。と同時に、本当にこの恐ろしいまでにお粗末な連携が現実だとしたら、相談窓口などいっそ廃止にして、医師の権限や児童相談所の機能そのものについても改めて考え直すべきなのではないのか、とも思うのである。

ただ、それでもよくわからない。情報提供の時の録音でも残っていればともかく、報道からわかるのは、6月の時点で相談を受けていたにも関わらず、その貴重な情報を活かすことが出来なかったということだけである。医師は本当に女子生徒の氏名を伝えなかったのか。相談窓口の人間は、女子生徒について、事件が発覚するまで本当にどこの誰だかわからなっかったのか。民間人の守秘義務と通報責任。そして本来その二つの間を埋める役割であるハズの行政。防げた事件だったかも知れない・・・と当事者皆が思っているという、この何とも言えないモヤモヤ感。

いずれにせよ、今回の件を単なる結果論として片付けるようでは、いつまで経ってもこの手の犯罪は繰り返されるだろう。


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tag : 佐世保高1女子殺害

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2014-07-29(Tue)

佐世保の事件。雑感。

高1同級生殺害:「人を殺してみたかった」容疑の少女供述 - 毎日新聞

長崎・佐世保の同級生殺害:体にも複数の傷 死因は窒息、刃物など準備か - 毎日新聞


胴体にも複数の傷が・・・という事は、最終的にはバラバラにするつもりだったハズだ。そのつもりで切断工具も揃え、遺体を前にいざ始めてみたら、首と手首を切断した時点でヘトヘトになり疲れてヤメたのだろうか。“もういいや”という、ある程度の満足感と飽きの混ざった域に達していたのだろうか。それにしても、事前に会う約束をし、一緒に買い物をし、その後に撲殺してから切断という流れ。そこに殺害を躊躇する余地があったのかどうかはわからないが、計画を最後まで遂行し完結させるという、不気味なまでの意志の固さのようなものを感じて、それが何ともニュースの聞き手読み手としては憂鬱にさせられる理由でもある。逮捕された女子生徒は、警察の取り調べにも淡々と答えているとの事だ。目的を達成してしまった今、彼女が感じているのは、満足感なのか、それとも同じだけの虚しさなのか。

佐世保での殺害事件というと、10年前のあの小学生の事件が真っ先に思い出される。小学生が、それも女子生徒が同級生を明確な殺意を持って校内で殺害するというのは、事件としての単なるショッキングさだけではなく、それまでノンビリしていたオトナが、子供達に“新たなステージです”と冷たく言われているような気さえしてくる陰惨な事件だった。学校は、あの事件を踏まえ、様々なカタチで生徒たちには“命の大切さ”について説いてきた、とのことだ。今回逮捕された女性生徒もあの事件については当然のことながら聞かされていたハズである。しかしまた同じ事が起きてしまった。教える側は、今頃教師としての無力さを痛感していることだろう。

結局のところ・・・・、なくならないのである。教師が命の大切さを説いて、それを生徒全員が理解し実践しているのなら、殺人事件など起こりようがないのである。少なくとも、計画性を持って同級生を殺害することなど、その発想すら思いつかないハズだ。でも、起きる。起きた。“だって人間だもの”・・・とはこういう時に使うコトバではないとは思うが、要は学校教育以前の問題ということなのである。“人を殺してはいけません”の一行をインプットすれば、いかなる場合でもその一行だけには従うというロボットの原則は人間には通用しない。まずそこを踏まえない事には、命についてどんなにアツく語ったところで、“教育の果たす役割とは”、ってな耳障りのいいキャッチコピーのようなレベルのまま、教師の自己満足で終わってしまうのである。“生徒の心に届いてないのかも・・・”というどこかの教育長のコメントが紹介されていたが、おいおい、今頃今更何を言ってんの?という感じなのである。

要するに、生徒の心に届くとか届かないとか、そういう次元で話をするな、と。教えてきた事が、生徒の心に届かないことを嘆く前に、学校での教育の限界を認めることが先だと言う事。もちろん、無駄なことをしているわけではないのは、誰もが理解しているハズである。今すぐに理解出来なくとも、人の命とは何ぞや、と向き合うことの大切さを徐々にでも理解してくれればいい、という教える側の生徒たちへの願いも極当たり前のものだし、真っ当なことでもある。つまり、この手の事件が起きる度に、学校教育の問題に論点がシフトして時間だけが過ぎて行っているが、教育という意味で論じるのであれば、家庭という、学校とは違う“教育の場”も含めて論じなければ全く意味を成さないのである。

先日ブログで書いた、“洗剤誤飲”のネタと共通するのである。親の監督責任よりも先に、メーカー責任を追及するというマスコミの安易安直な風潮。真の原因に目を向けずに、叩きやすそうなモノから先に手を付けて糾弾していてばかりでは、本当の意味での事態改善に向かうハズもにない。製品事故で“メーカー責任”というコトバをどうしても使いたいのならば、この手の事件でも、加害者となる子供を作った親としての“メーカー責任”を追求されて当たり前なハズだ。その責任を教育の場だけに求めるのは筋違いに思えてならない。今になって、逮捕された女子生徒の過去の問題行動が明らかになっているが、これがもし製品だったら、その責任追及の矛先が向くべき先はどこになるだろうか。

マスコミの報じ方というのは、往々にして加害者の親の存在、親の責任については及び腰というか、妙におとなしくなる。被害者については、血縁関係、交友関係、近隣の人々、学校関係等々、あらゆることがマスコミの取材対象となり、公にされる。“その人にインタビューしてどうすんの?”と思うこともしばしばだ。その一方で、加害者はベールに包まれたままである。とは言え、ネットではそのベールなど全く意味を成さない。メディアの違いによるそのちぐはぐさは相変わらずである。真偽不明な情報が混在したまま流れるネットは報道とは言えず、受け手がどう見極めて判断するか、というチカラが必要になるものの、テレビがネットの情報に振り回されているというのもまた情けない事実だ。


今回のような事件は、ゼロにすることは出来ないが、恐らく減らすこと、もしくは最悪の事態を回避することは可能なハズである。“二度とこういうことを繰り返さない為に”というコトバをよく聞くが、改めて、その策について考え直す時が来ているのではないだろうか。命の大切さを生徒たちに説くことも非常に大切なことだとは思うが、そもそも、そういうことは授業で習うことではないということからスタートしないと、事件が起きる度に教師の無力感だけが残るハズである。それは結局自己満足の裏返しでしかない。事件について識者と称する人々がテレビで論ずることが無駄だとは思わないが、やはり核心に触れない論議に終始しているようしか思えないのである。事件を起こす加害者の側は、時代と共にその性質も変容していき、その一方で、それを防ごうとする側は進化も変化もしないまま取り残されているという現実。その差を埋めるキーワードが、“責任”ということになるハズなのだが、いつまで経ってもこれは宙に浮いているままなのである。






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2014-07-26(Sat)

洗剤誤飲が多発というニュース。バカバカしいニュース。

「第3の洗剤」乳幼児の誤飲が多発 ゼリーと誤認?発売2カ月半で23件+(1/3ページ) - MSN産経ニュース

ニュースとしての価値のない、ただの“ネタ”だとは思うが、こういうバカバカしいネタが、いつの間にか仰々しいニュースになったりするので参ってしまう(笑)。あの“こんにゃくゼリー騒動”再び・・・といった雰囲気ありありである。

ワタシが見たのはTBSのニュースだったと思うが、この手の問題に詳しい先生とやらにインタビューをしていた。その先生曰く、“まず、製品の色について、子供が興味を持ちそうな色をヤメる。そして子供が飲み込めないような大きさを考える。”とのことだ。メーカーにはアドバイスもしていた、ということだった。なるほど。確かに青やピンクというのは、グミキャンディーやゼリーを連想させるかも知れない。それがコロコロしたキューブ状のモノだったら、尚更お菓子的に見えるだろう。ただ、色については香りや楽しさといったイメージから設定されてのものだろう。何色でもイイというものでもない。パッケージ色とのリンクというのも条件だったハズだ。大きさや形状についても、粉や液体の計量の手間を省き、一切手も汚れない、尚且つコンパクト、という方向で考えれば、あのキューブ状のコンパクトな形状は当然とも言える。水に触れるとすぐに溶けてなくなるというフィルムを使った点も、今までありそうでなかった発想だ。もし、先生のアドバイスを取り入れる余地があったのならば、当然製品には反映されただろうし、反映されてない点があれば、それはそれでメーカーの責任を持った判断である。製品化までの膨大なプロセスを考えれば、テキトーなナンチャッテ製品が世の中に出ているとは到底思えない。ここは中国ではない(笑)。

・・・で、ここまでのベタな流れ。ちょっと待てと。

TBSは・・と言うか、恐らくほぼ全てのマスコミだとは思うが、コメントを求める先や取材する先が違うんじゃないか?ということだ。どこかのエラい先生にメーカーに対する意見を求める前に、この二十数件の誤飲事故それぞれの当事者に、事故が発生した時の状況を詳しく聞き、公表すべきじゃないのか?今回の場合、コトのプロセスがよくわからないが、専門機関からの事故事例の報告、注意がニュースとしてとりあげられている。こんにゃくゼリーの場合は、そこに事故の当事者がまるで被害者のような立ち位置でセットになって報じられていたが、この洗剤誤飲についても、報じられている構図そのものは同じである。本当の非はどちらにあるのか、と論ずる以前に、まずは製品の問題を槍玉に挙げるところから始まるというマスコミ特有の浅はかで偽善に満ちた短絡的発想。この何とバカバカしいことか。

先日、同じような誤飲事故について、ボタン電池の危険性というのが取り上げられていた。数分で体内の粘膜に穴が空いてしまうあの実験映像には正直驚いた。ボタン電池の場合、蓋がネジ止めになっているものが多く、また、日常的にその辺に転がっているということは乾電池に比べれば少ないハズである。それでも事故は起きている。確かにボタン電池の形状は、硬貨と似ており、乳幼児がクチにしてしまうと、舌の上に乗せてペロリと飲み込んでしまうのもわかる。

つまり・・・である。これらのニュースで考えるべきなのは、何故こうした事故が起きるのか、という極々当たり前のことなのである。本来防げるハズの事故が、何故に起きるのか。この手の事故が起きる度に非常に情けなく感じるのは、真っ先にマスコミは、製品の持つリスク、主にハード的な要因に向かうことだ。“ある製品で事故が起きる → 犠牲者は子供。なんて痛ましい事故なんでしょうか → なんでこんな危険な製品をつくったのか。設計に問題はなかったのか → メーカー;“わかりました。再設計します” ・・・こんな流れ。公園の遊具で起きる事故でも、似たような流れになる。先日は足用のマッサージ器を首に当てて老人が死亡するといった事故があった【まとめリンク】。わざわざカバーを外して用途外使用した結果の事故。そしてメーカーも厚労省も一斉に製品の使用中止を呼び掛けるという事態。亡くなった方には申し訳ないが、失笑苦笑の域である。

改めて、この流れのバカバカしさにはヘドが出る。

例えばボタン電池。まぁ、これについては乳幼児がオモチャの電池の蓋をカチカチ弄ってて、というのはあり得るだろう。手の届く範囲にあるのも頷ける。方や“ジェルボール”と呼ばれている洗剤。何故に乳幼児がその箱を開け、取り出し、おいしそうだなとクチに放り込める状況になっているのか、大きな謎である。乳幼児というのが何歳までのとかどの程度まで成長した子供を指すのかはわからないが、少なくとも親が無理矢理その子供のクチに押し込んだりしない限り、その子供は自分の意思で、興味の赴くままにジェルボールを手に取ってクチにしているハズである。その状況は容易に想像が付く。うん。前言撤回。謎でも何でもない(笑)。手の届くところにカラフルな物体があれば、オトナでも興味を持つ(笑)。

製品に事故の原因が全くないと言ってるわけではない。改良の余地はあるだろうし、それは世の中に存在するありとあらゆる製品について言えることである。万人にとって完璧な製品など存在しない。メーカーの責任というのは、不完全な製品を世の中に出さないことであるのは当たり前の話で、むしろ、世の中に送り出した製品について、より完璧な製品を目指して行くというところにある。ソフトにバージョンアップがあるように、ハードもまた然りである。

がしかし、メーカーがどれだけ製品の改良に取り組もうと、それが間違った使われ方をされたり、管理が不十分であれば、全く意味をなさないのである。拳銃や刃物といった凶器。それらもまた極論のようで、実はまったく同じハナシだ。親の監督責任に全く言及することなく、メーカーや製品の落ち度についてアレコレ突いて満足するのは、あまりに短絡的であり幼稚でありバカバカしいのひと言である。マスコミやヒマな団体にとっては格好のネタなのかも知れないが、そろそろマトモな論議をしてもいいのではないのか。この手の事故が起きる度に繰り返されるその場しのぎのオバカな騒動はヤメにすべきだし、もしメーカー責任ということをどうしても取り上げたいのなら、全く同じだけの時間と労力を割いて、親の責任についてもマスコミは行動すべきなのは言うまでもない。防げたハズの事故であるということ。それでも起きてしまう現実。加害と被害という安易な構図でこれらの事故を括るべきではない。

可哀想なのは、子供でもその親でもない。メーカーでもない。一番同情されるべきは、加害者のように晒される製品そのものである。

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